第8話
康太郎が音楽に復帰し、新生バンドが発足してから一ヶ月が経過した。
「スラップはな、こうやって……やるんだよ」
「凄え。てかコータローがベース出来んなら俺いらなくね?」
「漣星がこの曲やりたいって言ったんだろ、スラップは必須だからな。それともお前がドラムやるか?」
「……はは、意地悪言うなって」
夏休みが始まり、康太郎たちは本格的に活動を進めている。
活動と言っても、康太郎はまず漣星の指導から手をつけた。
康太郎がたまたまベースが弾けるため良かったが、初心者が短期間で仕上げるのに独学では限界がある。
バンドのために、漣星自身のために頑張ってもらわないといけない。
それに――
『この曲カッケェ! コータローが作ったの!? 俺でも弾けるようになれる!?』
康太郎は嬉しかった。
NoneTypeの曲を聴かせたらめっちゃ興奮した。
この曲を覚えるために漣星は必死に頑張っている。
彼が人々に届けたかった曲を、彼は心で受け止めてくれた。
バカな漣星を――それでも愛そう……。
「――おいコータロー、何言ってんだ?」
「……? 何も言ってないぞ」
◇◆◇◆◇◆
「道永くん、相談があるんだけど」
部室での練習中、風華はそう言って康太郎に紙を渡してきた。
持っていたスティックを置き、紙を受け取る。
その紙には『群青祭』と書かれている。
「群青祭――文化祭だよな?」
「うん、そのことでちょっと」
高校の文化祭、『群青祭』の詳細が書かれた紙。
まだ開催まで一ヶ月程度あるため大まかな詳細しか決まっていないようだが、その中で風華はとある項目に指を差した。
後夜祭の詳細について。
「この後夜祭、軽音部の枠取れたんだ」
「え、普通は取れないもんなのか」
「全体の枠が限られてるの、去年は他の部活の発表に奪われたから」
そう言われて、康太郎は去年の文化祭を思い出してみる。
ただ何も思い出せなかった。
それもそのはず。
康太郎は去年、文化祭を欠席している。
それすら記憶から葬っていた。
「……で、その相談ってのは後夜祭についてか」
「そう、後夜祭で私たちのバンドは発表が出来る」
風華はいつにもなく本気の表情で康太郎に迫る。
「私たちのオリジナル曲を作ってもらいたくて!」
目を見開きながらそう言った風華を前にして、康太郎は少し怯んだ。
ただ相談の内容はそこまで驚くようなことではない。
生業にしていたことに今更動揺するほど、康太郎は鈍っていなかった。
「つまり、二曲やるとして一曲目は『ギビング』、二曲目を新しく作ったオリジナルにしたいってことだよな?」
「……うん! すごいよ、私たちで擬似NoneTypeが出来るってことだよね!?」
「ま、まあ、そういうことにはなるな」
三人の中で一番燃えているのは風華である。
まさか、まさかあの道永康太郎とバンドが組めるとは思っていなかった。
少なくとも、この高校に入学すると決まってからは。
仮に二人とも長谷高校に進学していたとしても、二人は同じバンドを組むことはなかっただろう。
二人がこうしてバンドメンバーとしていられることを、風華は噛み締めていた。
「分かった、曲自体は二週間程度で仕上げられる。譜面も同時に仕上げられるようにやってみる」
一方、彼は懸念していた。
自分が、道永康太郎なのかを。
◇◆◇◆◇◆
「ストックから探すか……? いやでも、俺らのオリジナルなんだから一からの方が……」
康太郎は液晶を睨みながら頭を抱えている。
時計の針は0時をゆうに過ぎているが、そんなことは目に入っていない。
康太郎は音楽を完全に辞めていたわけではなかった。
極限だった時期でも、ふと思いついたフレーズなどはストックしていた。
それらを使えば迅速に曲が作成でき、練習時間を多く設けられる。
彼らは練習に飢えていた。
漣星は基礎が固まっておらず、練習時間を設けなければならない。
加えてNoneTypeの曲をコピーするにあたり、スリーピースの想定がされていない曲のため、風華がボーカルを兼任する必要がある。
『大丈夫! こう見えて結構歌も上手いから!』
彼女の返答は少しズレていた。
だが、康太郎から見ても彼女のギターの腕は確かである。
しかしそれにボーカルが加わった時彼女がどうなるかがまだ分からない。
最悪、曲を改変するという手もある。
そしてオリジナル曲も同様のケアを行わないといけない。
限られた練習期間でメンバーに寄り添った計画を立てないと――
「……こんなに大変だったのか」
不意に言葉を漏らす。
思い返すと、バンド活動でここまで思い詰めたことは無かったかもしれない。
文字通りそれは自己中心的なことをやっていたから。
メンバーを思い、メンバーのために、メンバーを第一に考える。
それは自己中心的から最もかけ離れた考え。
康太郎に足りなかった要素であり、結果的に彼を苦しめることになった考えである。
風華が大変な思いをして欲しくない。
漣星がベースを嫌いになって欲しくない。
同じ失敗を二度と繰り返したくない。
無意識に、手を緩めていた。
でもそれは、『道永康太郎』ではない。
性に合わない曲を作って、心の底から納得できるだろうか。
自分が納得できない曲を、自信を持って二人に聴かせられるだろうか。
そんな姿を、彼女は憧れたのだろうか――
ピコン。
その時、スマホの通知が鳴った。
彼の葛藤を察知したかのように、ギターアイコンの彼女は現れた。
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