第6話

 七時間目終了のチャイムが鳴り響く。


 ただそれとは別に、俺の腹を震源としたチャイムもまた鳴り響く。


 「なあコータロー、もしかして昼飯食ってねえの?」

 「……ああ、食いそびれた」


 どうやら前の席まで聞こえてしまったらしい。

 俺は体がデカいので燃費が悪い。

 無駄にデカくなった訳ではなく、ドラマーとしての研究を積んだ結果だ。

 そのため、昼飯は欠かさず食べるようにしないと腹の虫が暴れる。


 帰ったら食べよう。

 暑さで中身がダメになってないといいのだが。


 「食ってないって、昼休みに風華と弁当持って外行ってなかったか?」

 「あぁ、風華と中庭に行ったんだけど――」




 違和感。


 


 「風、華……?」

 「うん、廊下から見られてるの教えたの俺やんか」

 「いやそうじゃなくて。何で名前呼び?」


 『何言ってんだ』みたいな顔で見られているが、それはこちらの台詞である。

 

 「何でってそりゃ、うちのギターだからだよ」

 「あ、そうなんだ」

 「……てか、俺の名前知ってるよな?」

 「知らん」


 そう言うとそいつはおもむろに立ち上がった。


 「何でだよ!? 俺ら一年生から一緒だったやん!」


 申し訳ない。

 興味がない人の名前がとことん覚えが悪いのは俺の短所だ。

 こいつは一年の頃からやけに絡んでくるとは思っていたが、名前までは覚えていない。

 こちらはこちらで既に呼び捨てにされてるし。


 「……じゃあ改めて自己紹介できる?」

 「おうよ! 俺は天才ベーシスト・宗山漣星むねやまれんせい。歌はできねえ演奏専門。今は風華と二人でバンド組んで活動してるぜ」


 素直に自己紹介を披露してくれた。

 その顔は何故か満足げに見える。


 天才ベーシスト。

 まあ、こんな奴でも全人類ベーシストの中ではまともな方かもしれない。

 

 「ギターとベースって、ドラムがいなきゃバンドは成り立たないだろ」

 「おう、だから風華が探してるとか何とか言ってたな」

 「お前……じゃなくて、漣星は協力しないのか?」

 「まあ人前で出来るほど上手くねえからな。ドラムが来たところでなって感じ」


 ……上手くない?


 天才ベーシストと自称する割には弱気な姿勢。

 自信があるのかないのかはっきりとしていない。

 演奏専門なんか言って余計に箔をつけているのに。


 「……そうか。それじゃあ、ベースはいつから?」


 弱気とはいえ、ここまで言っているのならきっと歴は長いはず。

 この学校にも楽器をまともにやっている奴がいたなんて――


 「二年生になってからだから、二ヶ月前くらいからだな」

 

 ……あぁ。

 なんか、その。


 絡みづらいな、お前。



◇◆◇◆◇◆



 「「「あ」」」

 

 放課後のチャイムが鳴り、廊下で鉢合わせた三人は口を揃えてそう言った。


 「よお風華。今日は生徒会無いんだな」

 「よおって……というか、二人って仲良かったんだね」

 「まあ……そうですね」


 百瀬さんの問いに生返事しかできない。


 そういう彼女の方は平気な様子である。

 昼休みのことを忘れたわけではないだろうが、少し違和感を覚える。

 それとも俺が気にしすぎなのか。


 「お、どうしたんそのアタッシュケースみたいなの」

 「え、ああこれのこと?」


 百瀬さんの右手には銀色のケースがある。

 よく言うイメージだと、大金が詰め込まれてそうなやつ。

 

 「エフェクターが入ってるんだよ。何年か前の先輩が部室に置いてったマルチエフェクターがあって、先生通じて連絡とってもらったら頂いちゃって良いみたいだから、持ち帰るんだ」

 

 マルチエフェクターを部室に置いてったまま卒業する先輩?

 安物だったり楽器を引退していたらそういうのもあり得るのか――


 「これはBOSSのMS3っていうやつなんだけど」

 「グボアッアア……!」

 「どうしたの道永くん!?」

 「……いや、MS3を使ってた奴をよく知ってるから、ちょっとトラウマで……」


 可笑しい反応をしてしまった。

 エフェクターなんかにトラウマを抱えるなんて、間違いなく常人にはあり得ない。

 もちろんアイツらが使ってた種類のギターやベースの音を聞いただけでも手が震える。


 体が既に音楽を拒絶している節がある。

 音楽が悪いわけじゃないのに、酷い冒涜だ。

 

 「そうだ。風華も一緒に帰ろうぜ、どうせ方向同じなんだし」

 「え、いいの? 二人で帰りそうな流れだったけど」

 「そんなん気にしてねえよ。な、コータローもそれでいいだろ?」

 「え、あぁ、そうだな」

 

 漣星は「決まりだな」と言って、鼻歌を歌いながら歩き始めた。

 

 「あはは、宗山くんってば先行っちゃったね。私たちも行こうか」

 「……百瀬さん」

 「何、道永くん?」


 歩き出そうとした百瀬さんを俺は引き留めた。

 それは、彼女に頼みたいことがあるからである。


 今、俺は酷く絶望している。

 バンドもドラムも音楽も嫌いになった、この現状に。

 抜け出したいと思いつつも、その一歩はこの一年で踏み出すことが出来なかった。


 何が楽しくて、何が嬉しくて、俺は音楽をやっていたのか。

 それを俺は忘れてしまっていた。

 知名度が上がっていくことではない。

 自分という存在を曲に投影することではない。

 極論、友人とバンドを組んで活動することでもない。


 それを今、全て思い出せる気がする。



 「俺は何故、百瀬さんの夢だったんですか?」



 昼休みに聞きそびれた、その真相を。

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