第5話

 「――それぞれの家にも行った。だけど、三人とも俺の前に現れなかった」

 「そんな……!」


 それまで黙って聞いていた百瀬さんは、急に声をあげた。


 「あっ、えっと……つまりどういうことなの?」

 「……まあ、察しが良ければ分かりますよ」


 これが彼女の問いに対しての答えだとしたら、間違っている。

 真実を言わなければならないのに、俺はその義務を放棄している。

 言えばいいだろう、自分の口から。

 何故それを彼女に委ねているのか。


 無論、言いたくないからである。


 「……そんなの分かんないよ。私、四人が楽しそうに演奏するところしか見たことないし……、画面越しでだけだし……」


 百瀬さんは明らかにショックを受けている。

 それは、そうなのだろう。

 一ファンであった彼女にとって、信じ難いことなのだとは思う。


 「連絡がつかなかったって、話もしてないってこと?」

 「いや、インターホン越しではありますけど、ボーカルの奴とは話しました」

 「ボーカルって、隅田さんだよね」

 「あぁ、そういやあいつも本名出してましたね」

 「……なんて言われたの?」


 そう言われて、逸らしていた目線を彼女へと戻す。

 ここまで核心を突かれてしまえば、もう言うしかない。

 

 ずっと抱え込んできた、言われた言葉を。



 「他のドラムが見つかった、とだけ言われました」



 覚悟はしていたつもりなのに、打ち明けた瞬間俺はベンチに寄りかかり空を見上げた。

 上を見ていないと情けない顔を見せてしまいそうだから。


 しかし一度打ち明けると、全てを曝け出したくなる気持ちが生まれる。


 「居たんですよ長谷高に。もっと凄い奴が。驕ってお山の大将やってた俺なんかとは違う、アイツらと真摯に向き合えるドラマーがきっと長谷高には居たんです」


 案の定、声が震える。


 真実は分からない。

 でもそうとしか考えられない。

 あれほど俺を説得し、NoneTypeとして続けていこうと言ってくれた三人が、こんなことになってしまうだなんて。


 三人は俺に不満を抱いていたんだと、今になって思う。

 音楽性に関しても、目指す目標についても。

 彼らはどんな気持ちで俺を説得していたのか、俺はその面の皮の内側を知ることも、知ろうともしなかった。


 俺は、長谷高に入学しなくて良かったのかもしれない。

 長谷高に入り、あの四人のままで活動をしていたら、三人は他のバンドを横目に俺との無駄な三年間を過ごすことになっていた。

 リーダーだから、作詞作曲してるから、バンドを支えているから。

 メンバーが俺に何も言えない環境を作ったのは、俺の責任である。

 

 俺に勝るそのドラマーが目の前にやってきたとしても、俺は何も言えない。

 そいつに文句なんか言える立場じゃない。

 仲間を引き抜かれただなんて、口が裂けても言えない。


 三人は俺ではなく、そいつを選んだのだから。


 「俺の音楽は独りよがりで、メンバーの気持ちなんか考えてなかった。そんな自己中な人間が音楽を続けていい訳ないって気がついたんです。活動休止ではなく、俺らは解散したんですよ」


 俺はNoneTypeを支えてなんかなかった。

 むしろ三人の音楽を妨げてしまっていたのだと。


 言いたいことは全て言い切った。

 自己中で、世界一情けないドラマーの言い分はこれで終わりだ。

 こんな話聞きたくなかっただろうに百瀬さんは――


 「……だったら!」


 百瀬さんは急に大声をあげ、両手で俺の両肩を掴む。

 反射的に顔を向けると、彼女と目が合った。


 「道永くんの音楽、私にぶつけてよ!」


 何故か百瀬さんは、目に涙を浮かべながらそう言い放った。

 肩を掴む力は強くなる。


 「百瀬さん……?」


 何で、百瀬さんが泣くんだ。

 そんなに俺が哀れだっただろうか。

 情けない姿を見せた、俺のせいだろうか。


 「何で、何で泣くんですか……?」

 「何でって、そんなの……」


 俺がそう問うと、百瀬さんは少し笑った。

 でも、涙は流れたまま。


 悲しそうに、でも嬉しそうに。

 俺の目をはっきりと見つめて、彼女は言った。



 「道永くんは、私の夢だからだよ……」



 ただこの一瞬だけは、時が止まったように思えても、涙は流れる。


 言葉の意味は分からない。

 何に突き動かされたのかも分からない。

 何も理解できないまま、俺は滲んだ視界で彼女を見つめることしか出来ない。


 しかし一つ言えることがある。



 心を、救われたような。

 そんな気がした。

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