第2話 別れ
「…舎弟?」
聞き慣れない言葉に駿は目を丸くする。
流した黒髪から現れた瞳は、怯えや虚勢の奥に確かな光を持っていた。
「別に両親の居場所を捜してやってもいいが、お前は戻りたいのか?」
母親はバツイチ、去年に現在の夫と再婚。
父の連れ子だった姉が一人いるはずたが、部下に調べさせた家の中に駿以外の人間はいないらしい。
連れ子同士の格差。
姉だけ連れて出て行ったのがその証拠だ。
「…どうせまた捨てるんだろ。だったら一人でもいい。」
家賃が払えないなら追い出されるだけ。
その後は親戚中をたらい回しにされるか、施設に送られるか。
(…一人でもいいって)
年端もいかない子供が一人で生きていけるほど、この世界は単純なものではない。
今やろうとしていることも、所詮は奴らに対する復讐に巻き込んでしまった罪滅ぼしにしか過ぎないのだろう。
それでも、このまま駿を放っておくという選択肢はいつの間にか消えていた。
「だから、俺のところに来いって言ってんだよ。うちの組の手伝いでもしてくれるなら、匿ってやる。」
「住む場所と飯ぐらいなら用意できる。」と添えて。
慌てふためく部下に説明するのが先だと判断し、俺はそちらに向き直った。
「…要するに連れて帰るってことですか?」
「話が早くて助かるな、羽鳥。」
「若、金持ち嫌いなのに。会社は潰れたとはいえ御曹司ですよ。」
「…ただの気まぐれだ。」
ここで長話をする必要はない。
適当に切り上げて、後は本人の意志を聞くだけ。
「お菓子食べる?好きなの選びな。」
「…え、でも。」
「危ないものは入ってないから大丈夫。」
俺がで悶々としている間に、「羽鳥」と呼ばれた部下は鞄の中身を取り出し菓子を広げだした。
駿はぎこちない仕草で手前にあったクッキーを選び、おずおずと口に含む。
「…その量いつも持ち歩いてんのか。」
「甘いもの食べないとやってられないんで。美味しい?」
「は、はい。」
「何勝手に餌付けしてんだ。…てか、お前も知らない奴からほいほい貰うな。」
天然なのか、はたまた怒られてる自覚がないのか、羽鳥は笑顔で「若にはあげませんよ。」と白々しく答えた。
別に菓子が欲しいとは微塵も思ってないが、態度が癪に触る。
「詳しい話は事務所に戻ってからする。とりあえず荷物まとめとけ。もうここには戻らない。」
クッキーを飲み込み、少しだけ緩んでいた駿の表情が再び引きつる。
警戒心を解くにはそれなりに時間がかかりそうだ。
「若の顔が怖いからじゃないですか?」
「…うるせえ。」
生意気な部下に軽く蹴りを入れ、駿が戻ってくるのを待つ。
「最低限でいい」と言った通り、リュックサック一つにまとまった荷物。
最初こそ抵抗していたものの、暴れたりすることはなかった。
所詮「聞き分けのいい子」というものなのか。
それとも、あの夫婦がそうさせたのか。
「行くぞ。」
裏口に待機させた車のドアを開け、全員が座ったことを確認してから、ハンドルを握る。
遠のくタワーマンションを駿が見ることはなかった。
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