第3話 帰還
新宿駅から徒歩五分の繁華街に位置するダークグレーの外壁。
事務所として使っているビルは、表向き会社としての役割も兼ねているため、エントランスは来客用のソファーなどを置いて、偽装している。
「若の隠し子!?」
駿を見た部下たちの第一声がこれ。
広がる波紋に辟易していると、群衆が羽鳥に問い詰める。
「羽鳥、実際どうなんだよ。」
「…どっちかっていうと、誘拐?」
「マジかよ。」
「…若にそんな趣味があったなんて。」
憶測が動揺を生み、俺への視線が『いたいけな子供を誘拐した不審者』を見る目に成り変わる。
そもそも現場に羽鳥を連れたのが間違いだったか。
まず誤解を何とかしなければと頭を抱えた。
「名前は?」
「…えっと、桜川駿です。」
「桜川って、あの社長の?」
組員は基本的に一般人に手は出さない。
むしろ駿に興味深々といった様子で、「年はいくつか」などと群がっている。
こうも男だらけの空間で日々を過ご中では、彼らにとってガキの一人ですら稀有な存在なのかもしれない。
質問攻めに合う駿はまるでマスコットを彷彿とさせた。
(…あいつらの方がガキだな)
「急で悪いが、しばらく舎弟としてうちに置くことになった。…言っておくが、合意の上だからな。」
「…借金で脅すのは合意なのか。」
「うわ、大人げな。」
あちこちから聞こえるブーイングを「羽鳥は黙ってろ。」半ば強制的にねじ伏せ、今後の仕事について周知する。
戸籍の変更、本部への連絡など、やることは山積みだ。
「不満そうだな、吉峯。理由ぐらいなら聞いてやる。」
「…若、何故それに構う必要があるんですか?」
「このまま施設とやらの好きにさせるには惜しかっただけだ。」
「相手は子供ですよ。到底役に立つとは思えない。」
唯一無言でこの場を傍観していた吉峯が不満を吐き出す。
仕事はできる人間だが、些か忠誠心が強すぎるというか、少々生真面目過ぎる。
「もし、同情だって言うなら」
「ガキの前でそんな話して、お前の方こそ大人げないんじゃないか?」
「…申し訳ございません。出過ぎた真似を。」
「今日はもう帰れ。続きは明日だ。」
事務所のエントランスからまた車を走らせ、ほどなくして佇む戸建ての物件は、今は本部にいる親父から譲り受けたものだった。
「…やっぱり帰る。さっきの人だって言ってた。俺が邪魔だって。」
「吉峯のことは気にするな。」
ここまで来て、今さら両親を捜すつもりもないし、警察の手に渡ればもっと面倒なことになる。
それに、この家に居る奴は俺の事情をよく知っている。
「おかえり、凌雅。」
親父の他にその名を呼べるのはただ一人。
玄関で出迎える彼は「いらっしゃい」と駿に声をかけた。
「…りょうが?」
「自己紹介してなかったのかよ。俺は『西城 祐也』で、若って呼ばれてたのは頭の『霞流 凌雅』こいつの秘書やってて、一緒に住んでるんだよ。」
「…お、お願いします。」
「そんな堅苦しくなくていいよ。俺たちのことも名前で呼んで。」
祐也とは俺がこの組に来た頃からの付き合いで、一応専属の秘書ということになっている。
「両親がいなくなったと思ったら急にヤクザが押しかけてきて、驚いただろ?荷物置いたらすぐ風呂行きな。今案内するから。」
3LDKの自宅は書斎や寝室を合わせても、空きがある。
予備の布団さえ持ってくれば取り敢えず睡眠には困らないだろう。
他に必要な物は、後日にでも買ってこさせるか。
「…駿は?」
「布団用意したらすぐ寝たぞ。疲れてたんじゃないか?」
「それより」と書類を捌きながら、祐也がパソコンを操作する。
「最初からわかってたんだろ。もうあの社長が逃げてることぐらい。」
「…付き合わせて悪かったな。」
「十年も見てたら、お前の考えてることは読める。自分で決めたことならいいんじゃないか?」
特に咎めもせず、祐也はコーヒーを淹れてからリビングを去る。
「じゃあ、先に寝るわ。」
静まった部屋に鞄からスマホを取り出す。
鼻腔をくすぐる豆の香りが、どっと疲労を乗せてくる。
「…もしもし、親父」
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