エリートヤクザの訳あり舎弟

レコード

第1話 歯車が狂う時

「若、防犯カメラのハッキング完了しました。中に向かわせますか?」


「いや、俺が行く。帰りの車を手配してくれ。」


「了解しました。」


耳を傾けていたスマホの音源を切り、ピッキング用の特殊器具を持った組員に解錠させる。

オートロック式のタワマンとはいえ、手練れなら数十秒で侵入できる。

夜は管理人も不在で比較的警備も薄い。

目的の部屋にたどり着けば、同じ要領で鍵を開けるだけだ。


うちの『霞流組』は、表向きはコンサルティング企業を装っている。

そこで手に入れたコネと人脈を活用して、資産家や医者といった重鎮に近づき、上手い話があると言って取引きに誘う。

今回のターゲットは有名アパレルメーカーの社長。

『桜川 邦夫』と妻の『桜川 麻里奈』

夫の方から服の原材料である綿花の産地偽装事件を揉み消したいと相談をされたのがきっかけだった。

そういう奴に限って、基本的にプライドが高い。

「自分たちは優れている」と見せつけたがるように、贅沢な暮らしから離れることを躊躇する。

だから、俺はそれを利用した。

協力するフリをして、独自のネットワークで情報を集める。

会計不正に横領、しまいには従業員へのパワハラなど。

数えればキリがない不祥事を炙り出し、世間に流せば会社の信用はガタ落ちだ。


「この裏切り者が!ヤクザのくせに、誰に楯突いたか分かってるのか!」


「先にボロを出したのはそっちだぜ。もうあんたの話なんて、誰も聞いちゃいねえよ。」


「頼むから、許してくれ、金ならいくらでも出す。」


「冗談は貯金を見てから言えよ。もう一銭も残ってないようだけど。」


旦那の給料目当てで結婚した女は遊び歩く分、巻き上げやすい。

組と提携しているホストに貢がせ、有り金をできるだけ使わせる。

唯一の解決手段を断たれれば、逃げ場はない。


「貯金ゼロって、まさか全部使ったのか?」


「あなただってギャンブルで遊んでたじゃない!第一、会社が倒産したってどういうこと?…それに、ヤクザから借金もしてるって。」


「喧嘩してるとこ悪いが、借金は仲良く払ってもらうからな。」


物心ついた頃からずっと、大人の汚い面を見てきたからこそ身に染みている。

テレビに出てる政治家だって、結局は目先の利益に眩む。

クズな金持ちどもが牛耳っているこの国で、俺たちはこうして成り上がってきたし、今更生き方を曲げるつもりもない。


「返済期間は一か月。それを過ぎたら、もう容赦はしない。」


「…ひっ!」


本性を表し、負債額をちらつかせた時の絶望した顔。

責任を押し付け合って、ひたすら保身に走る。

俺を虐げたあいつらのように。

こうなればもう用済みだ。

今日が納入日だが、当然約束を守るはずもなく、少々強引にカタをつけさせてもらうと乗り込むに至った。


「誰もいない?」


同伴していた部下の一人が部屋を見渡して呟く。

切られていたブレーカーと照明を点け直し、隈なく捜索すると家具や家電はそのままに、財産に関する書類や通帳だけが持ち出されていることがわかる。

てっきり居留守を使うと思っていたが、先に夜逃げをするとは、意外と頭が回るようだ。


「離せって!」


突如として響いた甲高い声に振り向くと、奥のドアの向こうから俵抱きのような形で担がれた子供。

まだ声変わり前、身長150にも満たない少年だった。


「奥に隠れてたんで連れて来ました。」


「…とりあえず降ろしてやれ。」


少年は完全に敵意を露にした様子で、こちらを伺っている。

刺青を入れたガタイの良い男数人に囲まれたとなれば、無理もないが。


「『桜川 駿』だな。」


「…俺の名前、何で。」


「債務者の名前ぐらい、知ってて当然だ。」


どうやらこの少年は自分の置かれた状況を理解している。

俺の脳裏にフラッシュバックした光景。

無性に憶えてしまった苛立ちを隠すように言葉を紡ぐ。


「ガキ一人置いて出てくなんて、やっぱり禄な奴じゃないな。」


「若?」


虚勢を張りつつも、怯える瞳に手を差し出す。


「お前の親がした借金3000万。今ここで返せるんだったら、逃がしてやってもいい。」


3000万だなんて子供からすれば、途方もない額だ。

俯く駿に「なら、第二の選択肢をやるよ」と投げかける。


まさか、この言葉を自分が使う立場になる日が来るとは。


「俺の舎弟にならないか?」













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