第4話 後輩の手料理嬉しいですか

 後輩がお皿を持って近づいてくる。


「お待たせしました。今晩の料理は肉じゃがです。ふふーん、いい匂いでしょー」


「材料? 必要な分は買ってきました。センパイのことだから、どうせ大した食材はないと思ってましたし。そしたら案の定でした」


「まあでも、思ったより冷蔵庫にいろいろあったし、調味料も一通り揃ってましたね。自炊する意思があるのは認めてあげます」


「え?」


「……はぁ、そうですよ。材料は最初から買ってたんですよ。今日は夕飯作ってあげる気で来たんです。ストレッチとか関係なく」


「まったく。いちいち言わなくていいんですよ、そういうのは」


「ん? 材料費ですか? 気にしないでください。私も食べるんですから」


「でも……そうですね。どうしてもって言うなら、代わりに今度ご飯おごってください」


「え、いいんですか!? ふふー、実は気になってるお店があるんですよ。ちょっと高いと思いますので、覚悟しておいてくださいねー」


「ささっ、それよりも今は目の前のご飯です。冷めないうちにいただきましょー。ほら、手を合わせて」


「いただきます」


「あ、箸を持つのは待ってください」


「最初のひと口は私が食べさせてあげますねー」


「なんでって、ひと口めは最高の状態で味わってほしいんです」


「愛情は最高のスパイスって言うじゃないですか。人に食べさせてもらった方がおいしいですよ」


「え? はい、愛情ですよ…………って、ち、違いますよ。これは言葉の綾というかなんというか」


「とにかく! 作ったのは私なんですから従ってもらいます!」


「それでは、まずはじゃがいもからいきましょう。一応ちょっと冷ましますね」


「ふー、ふー……」


「はい、センパイ。口を開けてください」


「……もうちょっと顔を近づけてください。そうです」


「あーん」


「……どうですか?」


「! そうですか! おいしいですかー」


「中までしっかり味が染みこんでるでしょ。頑張って練習した甲斐がありました」


「――い、いえ、自分のためですよ! あくまで自分が食べるためです! センパイのために練習したわけじゃないですから」


「……なんですかその顔」


「それともセンパイは、その方が良かったんですか? かわいい後輩が自分のためにお料理練習したっていう方が嬉しかったんですか?」


「! な、なんでこういうときは素直なんですか!」


「なんか私がからかわれてるみたいで不満です」


「なに笑ってるんですか。……もう、次いきますよ、次」


「? 次ですよ」


「確かに最初のひと口めは食べさせるって言いましたけど、具材はたくさんあるんです。それぞれひと口ずつ食べさせてあげます」


「それと、テーブル越しだと食べさせにくいですね」


 後輩が立ち上がる。


「隣、失礼しますね」


 センパイの左横に座る。


「避けないでくださいよー」


「近い? 今更じゃないですか」


「いい顔してますね。照れてるんですか? ふっふっふ、さっきのお返しですよー」


「じゃあ、お肉いきましょう。口を開けてください」


「あーん」


「私の料理、ちゃーんと味わってくださいねー」


「部屋で二人きり、隣同士。そして私の手料理を私がセンパイにあーん……なんだか私、お嫁さんみたいですね」


「? センパイ、なんで箸を持ってるんですか? まだ終わってませんよ。次はにんじんです」


「私? 確かにまだ食べてないですけど、センパイに食べさせるのが先で――」


「されてばかりじゃ悪い? ――って、センパイが私に食べさせるってことですか!?」


「いや言いましたよ、食べさせてもらった方がおいしいって! だからってそれはちょっと……」


「だめっていうか、その……べ、別に嫌ってわけでもなくて……」


「あーもうわかりましたよ! おとなしく食べさせてもらいます!」


「……じゃあ、お願いします」


「……」


「もう、ふーふーとかいいですから! 早くしてください!」


「……ぁむっ」


「……」


「どう、っておいしいに決まってるじゃないですか。私が作ったんですから」


「……こんなことして、本当に夫婦みたいじゃないですか」


「なんでもないです! もう、今回はこれくらいで勘弁してあげます!」




   ◆◇◆◇◆




 手を合わせる音。


「ごちそうさまでした」


「余った分は小分けにして冷蔵庫に入れておきます。明日食べてくださいね」


「センパイ、私の手料理満足してくれましたか?」


「ふふっ、それは良かったです」


「また食べたい? ふ、ふーん、センパイの胃袋を掴む日も近いですかねー」


「そうですね……今度はリクエストなんていいかもですね。何か食べたいものがあったら言ってください」


「私の気が向いたら、作ってあげます」


「そ、れ、と、センパイ。夜はまだこれからですよ」


 後輩が立ち上がって冷蔵庫の方へ歩いていき、何かを取り出す。


「じゃーん! お酒買っておいたんです! 食後酒なんてどうですか?」


「ふっふっふ。密かに冷蔵庫に入れておいたんですよ。一緒に飲みましょー。あ、グラス使いますねー」


 後輩がお酒とグラスを持って戻ってくる。


「ん? なんですか? 笑顔が引きつってますよ?」


「やだなーセンパイ。いつの話してるんですか。お酒に弱かった去年の私はもういません。今は大丈夫です」


「センパイの卒業祝いのとき? 何かありましたっけ。普通に飲み会して帰りましたよね? ちゃんと自宅で目が覚めましたし」


「どうやって、って……自分で歩いて?」


「確かにちょっとうろ覚えですけど、数か月前のことですし仕方ないじゃないですか」


「それにほら。今回のはアルコール弱いやつですから。こんなので記憶とびませんよー」


「センパイも好きでしょ? お酒。……それとも休肝日ですか?」


「ならいいじゃないですか。せっかくかわいい後輩がセンパイに注いであげようとしてるのに。ほら、グラス持ってください」


 お酒を注ぐ音。


「ではでは私もー」


 お酒を注ぐ音。


「注ぎすぎ? そんなことないですよー。センパイは私のこと甘く見すぎです」


「それでは、かんぱーい!」




   ◆◇◆◇◆



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