第2話 後輩とストレッチ

 後輩とセンパイが向かい合って話している。


「アイスおいしー」


「涼しい部屋で食べるアイス最高ですねー」


「センパイ、本当に今日ずっと部屋にいるつもりだったんですか?」


「そうですかー。休日はいつもそんな感じですか?」


「相変わらずインドアですねー」


「その、センパイは……彼女とか、作る気はないんですか?」


「……今はいい、ですか」


「仕事に慣れるまでは? そんなこと言ってたらチャンス逃しますよ?」


「会社で気になる人とかいないんですか?」


「特に、ですか。でもセンパイ年上好きだからなー。結構すぐに好きな人できちゃったりして」


「ん? 違うんですか?」


「だってセンパイ、大人っぽい女性を目で追いがちじゃないですか」


「そんなことありますー。大学時代、私がどれだけ一緒にいたと思ってるんですか」


「自覚なかったんですね。私といるときも他の人ばかり見てるんですから。失礼ですよ」


「あ、アイス終わっちゃった」


「不思議ですねー。今食べたばかりなのに、もうひとつ食べたくなってきちゃいました。罪なやつですよ、アイスクリーム」


「でもカロリーがなー……」


「えー、センパイもちょっとくらい気にした方がいいですよ」


「センパイのことだから、全然運動してないんでしょ?」


「だと思いました。仕事で忙しいのかもですけど、運動しないと体に悪いですよー?」


「そうだ、ストレッチしませんか?」


「はい、今ですよ。軽く体動かすだけでも変わりますよ」


「やりましょうよー。ストレッチ頑張ったら手料理振舞ってあげますから――って、食いつきすごっ! そんなに手料理食べたいですか?」


「確かにセンパイ、あんまり自炊しないですもんね」


「……そんなに食べたいならいつでも作ってあげるのに」


「い、いえ、なんでもないですよー。あはは」


「それよりストレッチです。そうですね……まずは前屈いってみましょう」


「脚を伸ばしてー。そのまま身体を前に倒してくださーい」


「……もしかしてそれで限界ですか? うそですよねー?」


 後輩がセンパイの後ろにまわる。


「ちょっとくらい頑張らないと体ほぐれないですよ」


 センパイの背中を押す。


「センパイ、大きく息吸ってください。吸ってー……」


「吐いてー……」


「ほらー、やっぱりまだいけるじゃないですかー。じゃあ十まで数えますので、このまま止めててくださいねー」


「いーち、にー、さーん、しー……まだ我慢ですよー」


「ごー、ろーく、しーち、はーち、きゅー、じゅー!」


「どうですか? 痛い? 普段運動してないからですよ」


「まだまだ序盤ですよ。次は脚を開いてください」


「もうちょっと開けませんか? よいしょ」


 後輩がセンパイのふくらはぎを掴み、脚を開こうとする。


「……やっぱりこれ以上開かないんですね」


「揉んだらほぐれますかね」


「もみもみー」


「うーん、ふくらはぎをほぐすのはちょっと違うかもですね。やるならもうちょっと上の方が……」


 後輩の手が、太ももまで上がってくる。


「変な声出さないでください」


「恥ずかしがらなくていいんですよー。これは真面目なストレッチなんですから」


「もみもみ」


「……それにしてもセンパイ、運動してない割にがっしりしてますよね」


「さっき抱きついたときも思いましたけど……やっぱり男の人なんですね」


「よし、揉みほぐすのはこれくらいでいいでしょう。じゃあそのまま、右足の方に体を倒してください」


「押しますねー。息を吐いてください」


 後輩が上からセンパイの体を押す。左耳元から声が聞こえる。


「いーち、にー、さーん、しー、ごー、ろーく、しーち、はーち、きゅー、じゅー」


「はい、一回体を起こしてください」


「そしたら反対側もいきますよー。左足の方に体を倒してください。吐いてー……」


 今度は右耳元から声が聞こえる。


「いーち、にー、さーん……なんだか右のときより硬い気がしますねー」


「ちょっと強く押しますよー」


「しー、ごー、ろーく、しーち、はーち、きゅー、じゅー」


「いいですよー。起こしてー」


「最後に、体を前に倒してくださーい。そう、そのままー。ぐでーん」


「もうちょっと頑張ってみましょー。それー」


 後輩がセンパイの背中に覆いかぶさるように体重をかける。声が近づく。


「重い? うわーセンパイ、女の子になんてこと言うんですか。おこりました。もっと体重かけちゃいます」


 後輩がさらに前のめりに、センパイの背中に体重をかける。声がより近づく。


「センパイほんとガチガチですねー。柔軟体操だけでも毎日しておいた方がいいですよー」


「じゃあ、このまま数えますねー」


「いーちー。にーぃー。さーんー。しーぃー……」


「カウントが遅い? 気のせいですよー」


「ごーぉー。ろーくー。しーちー。はーちー。きゅーぅー……じゅー!」


 後輩がセンパイの背中から離れる。


「よく頑張りましたねー。脚を閉じてください」


「じゃあ次は――」


「え? そうです。まだ終わりませんよ」


「最後? 確かにそう言いましたけど、開脚してやるストレッチは最後ってことです。まだメニューはありますよー」


「もうちょっと頑張ってくださいね、センパイ」




   ◆◇◆◇◆




「センパイ、お疲れ様でした。ストレッチどうでした?」


「疲れた? でもやる前より気分良くないですか?」


「うんうん。やっぱり体動かすとスッキリしますよねー」


「そうだ、今度どこか運動できる場所へ遊びに行きませんか?」


「トランポリンできるところがあるんです。そんなに遠くないですよ」


「興味ありますか? やった。いつ行きます? 日程を――」


「とりあえずお腹空いた? もー、さっきアイス食べたばかりなのに、食い意地張ってますねー」


「まあでも、気づけばもう夕方ですか」


「それでは、約束通り夕飯作るので待っててくださいね」




   ◆◇◆◇◆



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る