素直になれない押しかけ後輩がからかってくる

吉宮享

第1話 後輩が突然押しかけてきた

 ぴんぽーん。


 がちゃ。


「あ、センパイ。こんにちはー」


「なんですかその態度。久しぶりにかわいい後輩が遊びに来たんですよ?」


「とりあえず中に入れてくださいよー」


「はーい、おじゃましまーす」


 靴を脱ぐ。


「アイス買ってきたので冷凍庫に入れときますね」


 後輩が冷蔵庫の前で立ち止まり、ガサゴソと音が聞こえる。

 その後、歩く音がする。


「あ、クッションありがどうございます」


 センパイの前に座る。


「ふぅ」


「……センパイの部屋、変わらないなー。最後に来たのは、まだセンパイが学生の時でしたね。数か月しか経ってないのに、ずいぶん前に感じます」


「用事? 特にないですよ。センパイが暇そうにしてるから遊びに来てあげたんです」


「なんでって、自分で昨日SNSに投稿したんじゃないですか。明日は自宅でのんびりするぞー、って」


「いいじゃないですか。私だって、センパイが卒業しちゃって暇なんですよ」


「大学の方は大丈夫です。単位は問題ないですし、希望通りのゼミにも入れました。まだ三年の前期ですし、就活はもう少ししたら頑張ります」


「というかセンパイ、もしかして寝起きですか?」


「ほら、そこ、寝ぐせついてますよ」


「さすがにさっき起きたってことはないですよね。もう午後ですし。何時くらいに起きたんですか?」


「――いや、それでも遅すぎませんかー?」


「あー……昨日、帰り遅かったんですね」


「それで夜更かしを……って、ちゃんと寝てくださいよ」


「まったく、体に悪いですよ。もっと健康に気を遣ってください。センパイが倒れたら、私は誰と遊べばいいんですか」


「もちろん友達いますよ。でもセンパイほどからかいがいのある人もそういないですからねー」


「出てけ、って酷いじゃないですかー。まだ来たばかりですよ? もっと後輩を大切にしてください」


「……ちなみに、寝ぐせを直そうとは思わないんですね」


「外に出るときはちゃんとしてるって、それは当たり前ですよ」


「かわいい後輩女子を前に油断しすぎじゃないですか?」


「たしかに今更かもですけどー。……ちょっとくらい気にしてくれてもいいじゃないですかー」


「まあでも、気を許してくれてるのは悪い気しないです。ちょっとした優越感ですねー」


「寝ぐせ、ぴょこって出てるの、なんだかかわいいですね。触っていいですか?」


 右側からセンパイの髪をいじる。


「って、もう触っちゃいました」


「いいじゃないですかー。私の前じゃ気にしないんでしょー? センパイの髪、ふわふわしてて好きなんですよねー」


 今度は両手で、センパイの髪を両側からいじる。


「わしゃわしゃー」


「あはは、すみません、やりすぎましたー。代わりにちゃんと直してあげますから」


「え、やらなくていい? そんなに警戒しなくてもいいのに」


「……むぅ、わかりましたよー。ざんねん」


「え? 私ですか? 当然、私は普段から身だしなみに気をつけてます」


「センパイと違って誰の前に出ても恥ずかしくないようにしてますよ。特に今日はセンパイに会いにきたわけで……いや、なんでもないです!」


「そこは聞き流してくださいよー。……センパイどうせ彼女とかいないだろうし、目の保養くらいになら、なってあげてもいいかなーなんて思っただけです。変な勘違いしないでくださいね」


「ということで何か感想ないんですか?」


「かわいいって……そ、そうですか。センパイは見る目がありますねー」


「あー……それにしてもちょっと暑くないですかー? 冷房つけましょうよ」


「えー、いいじゃないですかー。もうすぐ夏ですよ」


「電気代? そんなに変わらないですって。ほら、リモコン貸してください」


「あ、取られた。もー、そんなに嫌ですか? 自分はちょうどいい? もっと後輩に優しくしましょうよー」


「……あ」


「ふふふー。いいこと思いつきましたー。センパイがあついって思えば冷房つけていいってことですよねー」


 後輩が立ち上がり、センパイの後ろに移動する。


「なんで背後にまわるかって? なんででしょうねー。センパイはじっとしててくださいねー」


「えいっ!」


 後輩が、座っているセンパイに抱きつく。


「ぎゅーっ! ほら、センパーイ、どうですかー? 熱くないですかー?」


「いーやーでーすー。熱いって言うまで放しませんよ。それー」


「あれー? センパイ照れちゃってるんですか?」


「どんどん熱くなりますよー。諦めてリモコン渡してくださーい」


「むー、しぶといですねー。私の方が熱くなってきちゃったじゃないですか」


「……そういえば、熱いもの触った後に耳たぶ触るみたいな話あるじゃないですか。冷たいんですかね、耳たぶって」


「ちょっとセンパイ、耳たぶ貸してくださーい」


「えいっ」


 右の耳たぶをつまむ。


「あ、いま体がぴくってなりましたね」


「ぷにぷにー」


「ふふー、声が上ずっちゃってますよー」


「えー、いいじゃないですか耳たぶのひとつやふたつ。反対側も……」


 左の耳たぶをスリスリとなでる。


「センパイいい反応しますねー。癖になっちゃいそうです」


「じゃあ次は両側同時に……それ!」


 両方の耳たぶを同時に揉む。


「あ、ちょっと、動かないでくださいよー。……いや、動いて熱くなってもらった方がいいのかも? ふっふっふ、名案ですね」


 抱きついたままセンパイの身体を揺らす。少し息を切らすような音が聞こえる。


「ほらー、センパーイ、どうですかー? 観念してくださーい」


「あ、今熱いって言いましたね! 降参ですね! リモコンください!」


「往生際が悪いですよ。後輩がこんなに体を張ったのに」


「もしかして、まだ抱きついててほしいんですか?」


「それとも……耳たぶの方がいいですか?」


「ふふっ。リモコンありがとうございます」


「センパイ顔真っ赤ですよー?」


「へっ? お互い様って……」


「そ、そんなわけないじゃないですかー。……ほら、センパイをからかってたら熱くなっちゃっただけですよ」


「と、とにかく、冷房つけますからね」


 ピッ、と冷房がつく音がする。


「はぁー……すずしー」




   ◆◇◆◇◆




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