第3話 オトナの二乗はOhイイ私欲

「宗哲クン、運転お疲れ様」


 

 甲板部分に行くと、ねぎまからアイスコーヒーとケータリングの入れ物を手渡される。

 ローストビーフ、鴨、ソーセージ、オムレツ、テリーヌ、サラダ、フルーツ、カヌレ。ちゃんとオレの分が盛りつけてあったぁ。



「ありがと」


「すっごく美味しいの」



 うっま。ローストビーフ、ソース最高。ソーセージを噛むとパキッて音。オムレツふわふわ。



「あのさ、どんな知り合い?」



 取り敢えず、ねぎまから成田京の話を聞いた。


 学校帰り、ももしお×ねぎまは横浜駅西口五番街にあるファーストフード店の3階窓際のカウンター席に座った。この店舗は1階に注文カウンターがあり、2、3、4階が客席。

 ももしおがふと窓の外を見下ろすと外看板のところに人がいた。



『人いる』


『シオリン、何言ってんの。あ、ホント』


『子供?』


『小学生かな?』


『ちょっと行ってくるね』


『気をつけてね、シオリン』



 そんな気軽に行く場所じゃないって。高さ3階の外壁、看板の上。

 ももしおはファーストフード店内3階の柱の影に隠れるようにある避難用の窓から屋外に出た。他の窓ははめ殺しになっているが、避難用の窓だけは開閉可能。



『今、オケ』



 ねぎまは見張り役。

 外に出たももしおは、京の隣に並んで腰掛けた。



『いい眺めだね』



 ももしおはそんなふうに話しかけ、にこっと笑って京と手を繋いだ。京が返事をする間もなく『そろそろ戻ろうか?』と促し、3階の避難用の窓に戻った。ねぎまが合図を送り、人目を避けて店内に入った。

 その後、客が少ない4階に移動した。



「大丈夫。誰も見てなかったし、監視カメラの角度は変えたから。うふっ」



 ねぎまは、ほぼ犯罪者の言葉を微笑みながら口にする。


 小学6年生の成田京と分かった。が、家に帰りたくないと言う。3人でホットチョコレートを飲んでいると、京の祖母が半泣きでやってきた。

 京の祖母はいつもの時間に帰ってこない孫を心配し、京の持つスマホの位置情報を頼りに探していたのだった。

 なんつーくそガキんちょ。ばーちゃんが可哀想だろ。


 ……。

 オレがヤツを見てスルーしたとき、ももしお×ねぎまは助けたのか。

 絶対にバレてはいけない。



「シオリン、京くんのこと気に入っちゃって」



 あそこまで綺麗な顔してたら、美形好きにはたまらないと思う。

 オレは、美少年の隣ではしゃいでいるももしおを横目で見た。幻のうさぎの耳がぴょこぴょこ動いている気がする。

 手足も顎も喉もつぅるんつぅるんのすぺんすぺん。声変わりもまだ。あの状態を好きんなったって成長したら変わるのに。育ったら「こんなのちがう」って冷めるんじゃね?



「で、横浜観光?」


「そ。宗哲クンにクルージングをお願いしたの」


「ふーん。要するに、なんかこじらせた家出少年ってことね」


「お祖母様には、お店の看板に座ってたこと内緒。ね」


「これ以上心配させたくないもんな」



 賢明だと思う。

 孫思いの祖母は「学校をサボるほど横浜に来たかったの?」と勘違いし、今週末、泊まりで横浜に来た。



「え、学校もサボったん?」



 思わず確認。



「らしーよ」


「へー」



 小学生が学校をサボるってのは、闇が深い。

 こんなとき、両親でなくばーちゃんが来るって。寂しいヤツなのかも、なんて思った。


 広い空と海を眺めたら、ちょっとは心も軽くなるんじゃね?

 波は穏やかで、深い藍色の水面に白い波の光が瞬く。夏より高くなった空にはひつじ雲。ウミネコの声、波の音。


 オレは空いていた京の隣に腰を下ろした。

 京は開口一番お礼を言った。ばーちゃんに言い聞かされたんだろう。



「今日はありがとうございます」


「こちらこそ、美味しいブランチ、ごちそうさまです。船は初めて?」



 尋ねると、京は形のいい双眸をこちらに向ける。



「野外学習でカヌーに乗ったことある」



 おおー、小学生じゃん。



「野外学習か、なっつかしー」


「あの、宗哲さんって」



 京はオレの顔をじーっと見つめる。

 冷や汗。

 カノジョにはバラさないで。



「ん?」



 バレてる? 



「あのさ。宗哲さん、あん時、上向いた?」



 バレてる。

 人違いで誤魔化すはずだったのに、ウソが下手くそなオレはただ慌てた。



「あ、え、ん?」



 バサッ



 そのときウミネコが京のウインナーを掠め取って行った。



「うわっ。は、ははは。すげっ」



 カモメ属がギャングのようなヤツらだと知らなかったのか、京はやたらウケている。その無邪気な笑い方に少し安心。普通の小学生じゃん。とっかかりもないような、理解し難いサイコパスもどきじゃなさそう。

 とりあえず、誤魔化せたことをウミネコに感謝。


 ねぎまがすかさず、ケータリングの袋からウインナーを出してももしおをつつく。ももしおは用意されたウインナーを1本、京の器に補充した。女子同士は恋愛方面で協力的。

 


「気をつけてね♡」


「はい。ありがとうございます」



 京はももしおには頭まで下げる敬意の払いっぷり。

 ももしおはそのまま、京の斜め前、釣った魚保管用のクーラーボックスに腰を下ろす。



「あいつら、ギャングだから。子供とか狙われやすい」



 オレの言葉に京は敏感に反応した。



「子供かよ。くそっ」



 あらら。子供って言われたくないお年頃? これくらいの歳ってそうかも。

 京はダークカラーの大人っぽい服装をしている。シャカシャカした生地のトップス、グレーのチノパン、リュックは流行りのブランドのロゴ入り。恐らくはコイツ全力のお洒落。

 でもさー。マジックテープ付きの靴履いてるんだから子供だよな。小学生に人気の速く走れる靴。オレも小学生の時はこのシリーズの靴履いてた。



「大人っぽく見られたい?」



 そんなふうに聞くと、ももしおが京とオレの間に顔を突っ込む。両手を前で組んで祈るような乙女ポーズ。



「京くんはそのままでカッコいいよ」



 京は首を横に振る。



「いえ、ちょっと腹立つことあったから」



と。



「なんだよ。親? 先生?」


「知らないおじさん」


「知らないおじさん?」



 ももしおは京の言葉をリピート。

 ももしおと目を合わせた京は「です」と語尾だけ丁寧語を付け加える。



「そのおっさん、通りすがりにいちゃもんつけた?」



 オレは尋ねた。



「ちげー。だけど、バカにされてるし舐められてる」



 京の美しい顔が歪む。



「現在進行形かよ」


「京くんのことバカにする人なんて、このお姉さんがとっちめてやる。舐められてる? 舐めるの? どこをペロリんちょ?」



 訳の分からんことをほざくももしおは放置。



「オレの夏休みやった研究のことで」


「夏休みの?」



 もう10月なのに。季節外れ感。



「みんなの前で発表することんなって。そしたら内容変えろって言われてさ」


「は? 知らないおっさんから?」



 なんで?



「ムカついた」


「『嫌』っつった?」


ちょくじゃなくて。オレのおとー、、父んとこに言いに来てたから」



 京は「おとうさん」と言おうとして「父」と言い換える。

 にしても、知らないおじさんが親経由でって謎。



「京くんパパはなんておっしゃったの?」



 ももしおが尋ねる。



「父はオレのこと『失格にしてください』って言って、、、ました。

 おとー、父の仕事場に遊びに行ってたら、そいつが友達の父と来てさ」



 父の遣い方が微妙。かわよ。



「おっさん2人で?」


「うん。オレ、たまたまカーテンの陰で寝転んでゲームしてて」



 オレは頭の中で、窓とカーテンの幅20センチほどの狭い隙間、床に寝転んでゲームする京を想像。コイツ、犬か猫みたい。



「うんうん」


「オレの研究のこと褒めてさ。すっげーウソっぽいの。それ。

 環境だかどっかの大臣だかなんかが注目してるとかって言って。

 『大人の事情』があるから内容変えろって」



 だから京は、「大人」と対をなす「子供」という言葉に反応したのか。



「大人の事情なんてクソだよな。一生懸命やったのにさ」



 大人気ない大人。小学生のしたことに茶々入れるなよ。



「大人の事情、0.107おとなの二乗は

 0.011449、Ohイイ私欲。

 大人の事情でペロリんちょ。

 現代社会の裏側の

 私欲まみれの鬼畜の所業。

 恨み晴らさでおくべきか」



 ももしおの言葉はBGMと化す。

 

 

「な、京って、それでグレてんの?」



 聞いた瞬間、ももしおからエルボードロップを食らった。痛っ。



「グレてねーし」



 京は不貞腐れる。斜め前には目をハートにして京を眺めるももしお。



「京くん、その、うちゅくちい顔でその表情。嗚呼、かわちぃ。お姉さんはきゅんきゅんのきゅんだよ」



 ももしおをスルー。 



「な、夏休みの研究ってどんな? 環境だかどっかの大臣だかが注目してるって、すごくね?」



 言いながら、それって環境大臣しかいねーじゃんと心の中でツッこむ。

 現環境大臣は神奈川県出身。目の前にあるかもめプラザホールの暖房に隣の工場の排水を利用しようと提案した人でもある。胸には常にSDGsバッジ。それだけでクリーン度ましまし。

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