ももしお×ねぎまーー麦色ほうしは秋に飛べーー
summer_afternoon
第1話 シオリン、お口にチャック
ももしお派かねぎま派かって? 愚問。
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どちら派ですか?
1。 ももしお派 ( )
2。 ねぎま派 ( )
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2年4組♂のグループチャットに投票画面が流れてきた。
高校には人気を二分する2人の超絶美少女がいる。清純派天然系美少女「ももしお」こと百田志桜里と、妖艶派癒し系美少女「ねぎま」こと根岸マイ。
即投票。が、送信しようとしても『接続が出来ません』と表示される。通信障害?
上を見るとマジックテープつきの靴が目に飛び込んできた。靴は足と一緒にぶらぶらと揺れる。ソイツはダルそうにビルの外壁に背中を預け、ファーストフード店の文字看板に腰掛けていた。
目が合った。
何かを諦めたような光を失った瞳。こっちに向かって、耳の辺りで両手Vサインの指をくいっくいっと曲げる。同時に薄い唇の両端を上げた。夕陽に照らされて金色に光る髪が風に揺れ、あどけなくも整った顔が晒された。
イッちゃってる?
咄嗟にオレは地面に視線を移した。関わりたくない。
そこには誰かの吐いた痰混じり唾。
雑踏、アスファルトにへばり着いたガム、歩きスマホ、そんなものが似合う夕暮れの街。
再び建物の3階辺りに目をやると、人の姿はなかった。
横浜駅西口五番街。
観光地として創造されたみなとみらいからは程遠いエリア。雑然としてチープでごみごみしている。横浜駅外れにある相鉄線のホーム傍。行き交う人々は空なんて見上げず先を急ぐ。オレは群衆に紛れて相鉄線の改札口に吸い込まれて行く。
平穏を愛する男、それがオレ、米蔵宗哲。17歳♂。
年端も行かないガキんちょがビルの外壁に取り付けられた看板に腰掛けているなんて奇異なことに関わりたくない。
だが、その状態から予測し得ることは落下。3階程の高さからの落下は惨劇となるだろう。平穏とは真逆。姿は消えたものの気にはなる。検索した。「横浜 少年 落下 事故」。該当なし。ヨカッタ。何事もなかったことに人知れず安堵した。
綺麗な顔したガキんちょだったよな。
次の日、カノジョに呼び出されて体育館の踊り場へ向かった。
我が校は小高い丘の上。体育館の外階段はみなとみらいを眺められるカップルシート。
日々日没時刻が早まる今日このごろ。これから夕暮れに染まる景色を一緒に眺めようというロマンチックな提案かもしれない。それとも星の瞬く夜をしっとりと過ごそうというお誘いだろうか。ここは横浜、日本屈指のデートスポット。インスタ映えしすぎて二人きりになる場所は少ないが、気分は確実に盛り上がる。秋が深まると共に、オレたちの関係もそろそろ深まってもいいころじゃないか?
息を切らしながら中庭の藤棚の下を突っ切り、体育館の外階段を駆け上がる。
いつもの場所は屋上まで続く階段を登りきる1つ手前の踊り場。
いた。
空を背負って手を振る姿はそこだけ光り輝いて見える。
「っす」
両膝に手をついて屈んだままの体勢でカノジョに短い挨拶。本当は「うっす」と言うつもりが、声にならないほど息が上がっていた。
「宗哲クン、早かったね」
10月初旬、半袖のポロシャツにニットの白いベストのカノジョは白バラのように微笑んだ。この笑顔のためなら死ねる。
「そ、そお?」
が、今日もシンプルに幸せを味えないことが決定した。
「マイマイが呼べばワンコみたいに走るよね。ウケるし」
階段の手すりの影にはポテチを食べながら毒を吐く悪魔がいた。
悪魔の名前は百田志桜里。通称ももしお。
清純派天然系美少女と誉の高いももしおは、小顔で手足が長い。透明感があり、澄んだ瞳はこの世の善意の上澄みのよう。が、「清純」は外見と男子の幻想のみ。更には男がドン引きするような人に言えない趣味を持つ。
先日の「ももしお派かねぎま派か?」のどちらに投票したかなんて愚問。なぜなら、ねぎまは、オレ、米蔵宗哲のカノジョだから。不思議なことに。
ねぎまは心配りができて気が利く最高のカノジョ。もちろん外見は申し分ない。スクリーンから抜け出したような目映さ。滑らかな白い肌(未だ堪能したことはない)、優しい眼差し、左目の下に泣きぼくろ。ぽってりとした厚めの唇。緩くウエーブしたセミロング。そして推定DかE。
「宗哲クン、はい、お水」
「あ、ありがと」
ねぎまに差し出されたペットボトルの水を一口飲み、ふーっと息を吐く。
一体なんなんだ。
なんでオレが呼び出された?
「ねーねーねーねー宗哲くん」
ももしおは階段に腰掛けたまま、体をメトロノームのように揺らしてニコニコと胡散臭い笑顔を浮かべる。
「なんだよ」
ももしおのこの先の言葉に希望はない。
こいつはオレのことを便利なヤツくらいにしか認識していないから。
「今度の土曜か日曜、クルージングに連れてってほしーなーって」
ほら。
「水上スキーとか、パラセーリングとか、危険なこと企んでね?」
ももしおは油断すると突飛なことをしでかす。
「ないない」
「信用できねーし。
あの船はオレのじゃなくて祖父のなの。
都合のいいときだけオレを利用すんじゃねーよ」
横浜の山下公園近くに、祖父の船が係留してある。
祖父が趣味である釣りを楽しむためのもの。クルーザーというよりは釣り船。オレは祖父から「好きに使っていい」とスペアキーを貰った。ときどき使っている。ねぎまと二人きりになれるはずの場所。
オレがきっぱり断ったのに、今度はねぎまが手を合わせてお願いしてくる。両腕に挟まれた胸で白いベストが盛り上がる。
「お願い、宗哲ク「わかったよ。マイ」
オレはねぎまの言葉に被せ気味にOKの返事。カノジョに頼まれちゃしょうがない。
「ありがと、宗哲クン」
ねぎまは垂れた目尻をさらに垂らして喜んだ。ああ、可愛い。
「ありがと。マイマイ、頼んでくれて」
なぜかももしおは、オレではなくねぎまに礼を言う。
「よかったね。シオリン」
「ね」
ももしお×ねぎまは顔を見合わせ、首をこてっと傾け合う。
ももしお、ねぎまは男子がつけたあだ名で、女子の間では、ももしおはシオリン、ねぎまはマイマイと呼ばれている。
しかし腑に落ちない。
なぜ今度の土日のどちらかなんだろう。今までだってオレたちはそこそこ暇だった。
「土日に、なんかあんの?」
沖で見たいヨットレースとか。
ももしおは人差し指でくるくると毛先をいじりながら頬を染める。ビジュアルの可愛さにもふもふの幻のうさぎの耳がゆらゆらと見えてしまう。
リアルでは、指先についていたポテチの塩がぱらぱら舞う。
「妖精さんに横浜を味わってもらいたくて」
は?
「ようせいさん?」
オレの疑問にねぎまが答えた。
「シオリン、すきぴができたの」
またかよ。
ももしおは呆れるほど惚れっぽい。
「へー」
どーでもよー。興味ナシ。
「年の差は愛の力で埋めるの。きゃっ♡」
ももしおは、両手をグーにして自分の左右の頬を抑える。
今度はおっさんかよ。
「へー。歳、いくつ離れてんの?」
「5歳? きゃっ♡」
いちいち照れるももしおがウザい。
オレなら5歳差なんて嬉しい限り。いろいろと教えてもらえそう。って、とんでもない。オレには愛しのカノジョがいるんだった。
「へー。22歳。大学生じゃん。そんなん遊ばれんじゃね?」
大学生が高校生の乳臭いガキを相手にするわけがない。ももしおの審美眼にひっかかったのなら恐らくはイケメン。そんな男、女が次から次へ寄ってくる。いくら超絶美少女だからって、わざわざ手を出したらリスクのある未成年に行くかよ。
「ううん。年……下? てへっ♡」
「は?」
5歳差って、12歳!? 中坊かよ。
「小6♡」
まさかの。
「小学生!?」
「先が楽しみな美少年なの。きゃっ♡」
「やめろぉぉぉ」
迷わず阻止。犯罪の臭いしかしない。
オレの言葉をものともせず、ももしおは左の頬にポテチのカスをくっつけたまま、桜貝のような可憐な口でつらつらと語り始めた。
「今は愛でるだけ。やっぱ、いい女は男を育ててなんぼ。
日本人のロリ好きは筋金入りじゃん? 世界に誇る日本文学『源氏物語』では光源氏が若紫を育てたでしょ? 武士も僧侶も美少年好き。もはや日本の文化と言っても過言じゃない。分かるわ。あの誰かに手折られる前の期間限定の
自分好みに育てるの。躾? 調教? ああ、なんて恍惚の響き。
大人女子の漫画では年下需要てんこ盛りだし。時代はオネショタなワケっ」
「シオリン、お口にチャック」
ねぎまが止めた。
ももしおの癖が強いトークに耳を覆っていると、ミナトが階段を上がってきた。
オレたちは4人で集うことが多い。ももしお×ねぎま、ミナト、オレ。
「ももしおちゃん、まず、男を育てられるくらい、いい女にならなきゃ。ね?」
フェミニストのミナトは、あだ名にちゃん付けで呼ぶ。ゆるふわウエーブの髪を風に遊ばせながら爽やか笑顔。ももしお節は階段の下の方まで聞こえていたらしい。
しばしばエロ方面に話がブレるももしおだが、浮いた話はほとんどない。カレシいない歴=年齢。
「ミナト、今週末、クルージング」
オレは決定事項を告げた。
「りょ」
決まり。
スマホに速報が流れた。
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結果 ももしお派
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女子より男子の方が夢見がちだと思うわ、オレ。
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