第5話
8月最終週の土曜日、私はいつものように更衣室でコスチュームに着替えていた。
「これでよしっと」
リボンにブローチをつけて後ろ手に髪を束ねる。
「今日どうしようかなこれ、ポニーテールでいくか。最後だし、うなじでも見せてやるかな。このババァのうなじを」
「先輩、チャック上げてくださいよ。背中、全開になってますから」
そう言うとマホリはコスチュームのチャックを優しく上げてくれた。
「あぁ、ありがとう。これどう? うなじ、セクシー?」
「いつもみたいに下ろしたほうがいいと思いますけど。ま、先輩がしたいようにすればいいですよ」
「じゃあ、うなじでいく。私のセクシーで敵を悩殺してやる」
「なんか、やっと先輩と仲良くなれたのに今日で最後だなんて寂しいなぁ」
「私も寂しいよ。でも、これでいいんだと思う。私がマホリに主役の座を譲れるのは、このタイミングしかないと思うから」
「先輩、愛してます」
「いきなり恥ずかしいな。じゃあ終わったら焼き肉でも食べに行こうか」
「そういえば明日、先輩の誕生日でしたよね。それも兼ねてお祝いしましょう。で、いくつになるんでしたっけ?」
「37。マホリのお母さんと歳が近いんだっけ?」
「あれは冗談ですよ。わたし、お母さんいないんです。ついでにお父さんも。気がついたらひとりで高円寺のマンションにいたんです」
「それ、私といっしょだ。私も両親がいなくて、気がついたらひとりで中野のマンションにいたんだよ」
「わたしたちどこから来たんでしょうね。何もわからないまま、今日まで生きてしまったような気がする」
「べつに何でもいいよ。どうせ、みんな死んだら忘れられるんだから」
『異形種別【魔】異界ゲートレベル[4]30分後に六本木ヒルズ上空に出現します』
額のティアラが最後の闘いを予告した。
「さて、行くか」
私は愛車であるテスラのカードキーを持って更衣室のドアを開けた。
歩きながらマホリが質問する。
「先輩、無線でよく言ってる異形種別って何ですか?」
「えっ、そんなことも知らないの? 異形には"怪""蟲""絶""魔"の4種類があって、属性を表してるの。異界ゲートレベルはあっちの世界の深さみたいなもので、1が"怪"のゲート、4だと"魔"のゲートになるの。わかった?」
中野ブロードウェイの地下。
私はカードキーでテスラのロックを解除してマホリと共に乗り込んだ。
タッチパネルで曲を選択、『ムーンライト伝説』を流す。
せり上がるテスラは中野ブロードウェイの屋上に出てタイヤを水平に畳んだ。
「じゃ、最終回いってみようか」
私はハンドルを握って思いっきりアクセスを踏んだ。
テスラはホイールから青白い光を放つと夜空へと舞い上がった。
「私、東京が好きなんよ。20年、この街のために闘えてほんとによかった」
最後の夜は満月だった。
東京タワーのまわりを無数の中継用ドローンが旋回している。
「静かな夜ですね。このまま、先輩といっしょにどこか遠くへ行きたい」
「感傷に浸ってる場合じゃないみたいよ」
静寂につつまれた六本木ヒルズ上空。闇は音もなくそっと口を開いた。
アスファルトを揺らして出て来たのは双頭の竜、静寂を破るその巨大な影が六本木を覆った。
「ヤバそうじゃん。マホリ、準備はいい? 行くわよ」
「了解。先輩、あれやるんですか?」
「もちろん、最終回だからカッコよくね」
テスラを自動運転にした私はガルウィングを開けると勢いよく夜空に飛び出した。
伸身ムーンサルトで東京タワーの尖塔に着地、バックから満月が私を照らす。
「どこから来たのか知らないけれど、この街を壊す者は誰であろうと許さない。愛と欲望のセーラー服美少女戦士、セー……」
ピッ……ズバァァァンッ!!!
双頭の右が光線を吐いた。
東京タワーは展望台から上が崩れ落ちた。
「ちょっと何なのよいきなり。最後ぐらい決めセリフ言わせなさいよ!」
傾いだ東京タワーを猛ダッシュする私。
異形と距離を取るために芝公園に退避した。
『中野基地より竜殺しを転送。芝公園内に配備します』
「了解。マホリにはイングラムをお願い」
『了解。竜殺しは30秒後に、イングラムは40秒後に芝公園駅出入口に転送します』
ティアラの無線が切れると同時に芝公園駅が変形、中から偃月刀と銃火器が現れた。
「マホリ、これ使って援護して。接近戦は私がやる」
「わかりました。とりあえずそっち行きます」
マホリはイングラムを装備すると私の後方に下がって狙いを定めた。
「いい、マホリはあの異形に向かってイングラムを乱射して。私はその上を走るから」
「えっ、その上を走るって?」
「いいから撃つ、はい!」
「あ、じゃあ遠慮なく。おりゃーーー!」
マホリは双頭に向けて銃弾を掃射、私は川面を跳ねる水切りの石のようにその弾幕の上を走った。
「おお、先輩すごい!」
偃月刀を振りかぶった私は双頭の左を狙った。
「ちっ、ダメか」
右が気付いて私を襲う。
その時、
「先輩、避けて!」
左の口が紫に光った。
右の首を落とそうとした私はとっさに身をよじった。
ピッ……ズバァァァンッ!!!
左が吐いた光線が右を貫通、右の首はなぎ倒されて麻布台ヒルズを直撃した。
左は痛そうにのたうち回った。
「ああ、なるほど。首は別れてるけど胴体はひとつ、神経は繋がってるわけか」
「先輩、それ貸してもらえませんか?」
「いいよ、思いっきりやって」
マホリは上半分を失った東京タワーの上から偃月刀を構えた。
そして、異形に向けて大きく振り下ろした。
斬撃!!!
異形の首は轟音とともに芝公園に落ちて消滅した。
「すごいなぁ。マホリ、これで私も心置きなく引退できるよ」
私は満月に佇むマホリを見つめた。
その姿はとても綺麗で、新しい時代の到来を告げているようだった。
「わたし、子どものころに観た先輩の活躍、今でもはっきりと憶えてます。あの時の好きな気持ち、この先もずっと変わりませんから」
「急にどうしたの、マホリ?」
「先輩、短い間でしたけどありがとうございました。わたし、今から死ぬみたいです」
「いきなり何言ってんの。まだ若いんだから死ぬわけないでしょ」
マホリは私の後ろを指さした。
「ん?」
振り向いた瞬間、一筋の閃光がマホリを貫いた。
月光が、マホリの胸に空いた穴から私を照らした。
吐血したマホリは東京タワーから落下した。
「マホリ!」
私はわけもわからずマホリのもとへ駆け寄った。
目は閉じられ、安らかな顔で眠っている。
私はマホリの胸に耳を当てた。
すでに心臓はそこにはなく、根こそぎ抉られていた。
「マホリ、嘘でしょ。ねぇマホリ、マホリがいなくなったら私どうすればいいの。私もう闘えないよ? ねぇ、お願いだから何とか言って。マホリ、ねぇって」
私の涙がマホリの頬をつたった。
私は閃光が発射された方を見た。
そこには黒い軍服を着た10人の少女が立っていた。
手にはそれぞれライフルのようなものを持っている。
「なんだお前ら!!」
少女たちの胸にはLocus-Solusのワッペンが刺繍されていた。
その少女たちの間からひとりの男が姿を現した。
「長官……」
「彼女たちは対異形用のアンドロイド、今夜が実戦の初日というわけだ」
「実戦って、マホリは味方でしょ。人間だよ、何で撃つんだよ!」
「対異形用のアンドロイドが異形を撃つ、何か問題があるかね?」
「異形、マホリが?」
「そう、そして君も。月宮、君も異形だよ」
アンドロイドは私を囲んでライフルを構えた。
「正義のためだ、死んでくれ」
私はティアラとブローチを地面に叩きつけて叫んだ。
「何が正義だ。ただ腐った人間がいるだけじゃないか!!!」
長官はほくそ笑んでこう言った。
「撃て」
ゴゴッ……
地面が揺れた。
ティアラが無線を伝える。
『異形種別【神】満月より異界ゲートレベル[5]開きます』
月が赤く染まってゲートが開く。
純白の翼を持った3人が飛来して私の傍に降り立った。
私はマホリを抱き上げた。
身体は宙に浮いて月へと昇った。
『いかがでしたか、人の世界は』
ひとりの天使が聞いた。
「何をやっている。撃て、撃つんだ!」
しかしアンドロイドは応答しない。
私は月のゲートをくぐる前に言った。
「月にかわっておしおきね」
非美少女戦士 おなかヒヱル @onakahieru
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