第53話 神経毒魔法
一撃離脱の攻撃を繰り返しす。その間、オロチの槍に引っかけられるか、長い蛇の胴に弾き飛ばされるかした犠牲者も多い。陣形を整えながら、後方から戦力の補充が随時行われる。
「弓矢は役に立たない、やめさせろ!」ランボーが伝令に指示を送った。
レンジは戦闘の要領がだいぶ掴めてきた。ギンと一緒にランボーの左右に構えて、オロチの視線を撹乱する。ランボーが隙をついて飛び込んで斬りつける。
今度は蛇腹と人間の胴体のあいだに鋭く剣が入る。オロチの体勢が崩れて、持っている槍で左に傾いた体を支えた。
「効いてるぞ!」兵たちから声があがる。
レンジたちがオロチの槍の射程から離脱すると同時に、詰めていた前列の兵たちが一斉攻撃を仕掛けた。
オロチは怒り狂って蛇の尾と槍を闇雲に振り回し始める。狙いが定まっていない。
オロチが弱ったとみて前列の包囲の輪が縮まる。
なんだ? レンジは目の錯覚かと思った。あれは赤い砂煙? 違う、光だ。
接近して一斉に攻撃を仕掛ける兵士たちの中に、棒立ちになってオロチの巨体に潰されたり槍の餌食になる兵がいる。
オロチの周りに赤紫色の光が見える。光の範疇にいる兵士たちが突然動きを止めて、膝から崩れ落ちるように倒れていく。
「オロチの周りに紫色の光!」レンジは周りに聞こえるように叫んだ。「やばそうだぞ!」
ランボーも異常に気がついた。不穏な予感が兆す。「レンジ、何が見える?! 見えてるもの全部説明しろ!」と鋭く問いかける。
「魔法だ!」レンジが叫ぶ。「オロチが魔法を使ってる!」
「範囲は?!」
「二十メートル! もっとかも!」
「どんな単位だそれは!?」
「オロチから、ええっと、半径で馬八頭分!」
オロチの周囲に胎動する紫色の光がさらに強くなる。反対側ではゾーイが必死に声をあげて距離をとらせている。魔法の素養のない兵士には見えていない。
「魔導士! 耐抗結界を張って援護しろ!」ランボーの指示に従って、複雑な装飾がほどこされた杖を持った魔導士の部隊が、二人ずつペアを組んで前衛の背後や両翼に素早く展開する。
「神経毒魔法!」魔道士の一人が報告をあげた。
「強力です! 耐抗できなければ脳を焼かれて発狂するか廃人になるか即死します!」
極悪! ありかそんなの。
「牽制のタイミングを早めなさい!」駆け回って指示をだすアカネマルにも焦りの色が見えている「魔導士! 魔力の範囲に刻印、可視化しなさい!」
オロチを包囲する輪を一時的に広げて距離をたもつ。魔導士がオロチの魔法の範囲の外周に白い光の可視光をつける。
オロチの戦意は衰えているようには見えない。むしろさらなる殺意に燃えて怒り狂っているようにも見えた。
展開の早さに焦るレンジの視界を鋭い光が走った。紫色の魔法の範囲の外にいる兵士が一人、また一人と突然意識を失って倒れている。
「間合いの外にいる兵士が倒れてる!」ギンが声をあげる。
ランボーが「なにが起こってる、魔導士! レンジ! 状況を知らせろ!」と叫んだ。
また光、オロチの目から紫というよりもレンジにはほとんど真紅に見える光が断続的に発射されている。レーザーだまるで。
「目だ!」レンジはみんなに聞こえるように精一杯声を張る。「オロチの目から神経毒の光! 射程が長い、ここまで届くぞ、気をつけろ!」
槍をかまえてオロチに狙いをつけていた兵士の頭を赤い光が貫いたと見えた瞬間、膝から崩れ倒れてわずかに痙攣して絶命する。ピンポイントで狙ってくる。
「レンジ! 前に出て指揮しろ!」ランボーがレンジを自分の左側近くに侍らせた。
兵士たちから「オロチと目を合わせるな!」と警告の声があがり、無茶言うな、と不安が広がる。倒せるのか? 戦場の士気に動揺が広がる。
アカネマルの指示でオロチを囲む部隊が増強されていく。
陣形を組み直している最中に隙ができた。オロチは囲みの人数が最も少ない部隊を狙って猛然と突撃した。神経毒魔法と槍で最前列の兵を新たに整列した魔道士ごと薙ぎ払って、勢いを緩めずにそのまま後続の部隊に突っ込んでいく。
包囲の外に突破された!
オロチは隊列を組んで待機する二列目のカンナビ兵士の一団に突っ込んだ。
あの冷静なアカネマルが血相を変えてそちらに駆けていく。
「しまった! 逃げろ、散るんだ!」ランボーも声をあげるが、離れていてなす術もない。
密集していた隊列にオロチの長大な槍が薙ぎ払われて一撃で十人以上が肉片となって舞いあがる。巨体に押し潰される兵もいる。長い蛇の胴で退路を断たれた兵士は神経毒魔法にやられて倒れていく。浮き足立って逃げ惑う兵士がオロチの槍に串刺しに貫かれた。
パトラッシュの一団が、蹂躙されるカンナビ正規兵のカバーにまわるが間に合わない。
そこへ巨人族の一人がオロチの正面に立ち塞がった。巨人族の兵士は得物の巨大戦斧を投げつけてオロチの注意を引いてから、その槍を持つ腕をうまくつかんで前進を止めた。それでもオロチの方が巨人の倍は大きい。身を挺した捨て身の攻撃だ。なんて勇敢な奴!
最前列のマムルークとレンジたちは再度包囲の輪を作ろうと全速で移動する。
重量の圧に押されて体勢を崩した巨人の頭に、オロチが砕けんばかりの勢いで頭突きを喰らわせた。巨人の顔面が潰れて折れた歯と血が吹きあがる。
さらにオロチは巨人の首に喰らいつくと、前に回り込んだ蛇の尾が巨人の右足を絡めて締めあげて、振られる。
顔面を潰されて首筋から左肩ごと食い千切られた巨人が振り飛ばされる。大地に降り注ぐ血が雨の音をたてた。巨人の血飛沫を浴びた兵たちが恐慌に陥った。
アカネマルが正規兵と二列目以降の部隊に退却命令をだす。撤退の指揮をパトラッシュ隊に命じて、自らは巨馬を駆って最前線に戻ってオロチに対峙した。
最精鋭のマムルーク達がなんとか包囲の輪を形成してオロチの突進を阻んでいる。ランボー隊が突出していた。
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