第51話 古代帝国由来の怪物

 遊牧民が使うテントのパオが陣屋になっていた。頃合いを見計らって四人がアカネマルを訪ねると、彼女を中心に、パトラッシュの他に、数人の幹部らしき兵士たちが卓を囲んで並んでいて、いきなり怪物退治の作戦会議が始まった。


「上半身が人間で下半身が蛇よ、おぞましいったらないわ。元々この地方にいた魔獣を古代帝国時代に魔法で使役したのが起源でしょう。コシ遺跡群のひとつに封印されていたはずだけど被災の混乱に乗じて封印を解いたのは、カラマーゾフ倶楽部、わかりきってるわ」


 手元の資料を手に取ってアカネマルは続ける。「現状わかっていることは、温度を感知して攻撃してくる様子がある、目は見えてるんだか見えてないんだかよくわからないわ、間合いに入ったらなんであれ見境なく攻撃してくる、ほんと蛇ね。得物は槍、なぜか槍持ってるけど、人間の力では受け止められないからよけなさい、よけるのよ。顔は美青年風だけど目がやばい」


 全員が、わかってるのそれだけ? という表情を浮かべる。


「オロチの弱点は調べさせてるけど、間に合わない。ザンジバルの魔法局と霊能局本部はドラゴンに吹き飛ばされていま人材がいないのよ、研究資料も散逸してる」


「我々はどういう役どころなんだ?」ギンが聞いた。


「見たでしょ、あのパワーとデカさと速さ。恐竜もボロンゴも馬も怯えちゃって戦力にならないわ、並の兵士もしかり、大人数で仕掛けても蹂躙されるだけ。だからカンナビの正規軍は二列目三列目の後詰めに徹して、少数精鋭で牽制しながら確実に細かくダメージを与え続ける戦術をとる」


 楽な戦いじゃなさそうだ。緊張が走るなかアカネマルが続ける。


「ゾーイはカンナカムイのボブマーリー率いる戦闘部族の姫。サバンナの魔物退治は慣れてるでしょ?」


 カンナカムイとボブマーリーという言葉を聞いて、居並ぶ幹部たちから感嘆まじりの声が洩れた。ゾーイの表情は変わらないが、オロチにも期待にも臆する気配はない。格好いい。


「レンジも相当使えるようになったんでしょ、素質があるって聞いたわよ」


 レンジはにやりと笑って隣のギンに「だれ、それだれに聞いたの?」と顔を寄せる。ギンはうっとうしそうにレンジを押しやった。


「アルーシャは城郭都市じゃない。オロチの侵入が防げないなら撃って出る」アカネマルは決断に満ちている。


「ねぇチンチラ助けてぇ~」彼女はチンチラの頭を撫でて頬擦りしながら言う。


「うーん、しょうがないなぁもう」チンチラは満更でもなさそうにしながら、「アカネマル、これさぁ、いいよね」と彼女が腰に装着している巨大手裏剣を掴んで揺らした。


 パオに入るなりアカネマルの隣に陣取って、ちらちらと彼女の赤柄の鉞を見ているのかと思っていたら、目当ては手裏剣の方か。


「欲しいの?」


「投げてみていい?」


「あげるわよ」


 アカネマルは革製のベルト付きホルダーに固定された重そうな手裏剣を外すと、気前よく自らチンチラの腰に装着してあげた。


「尻尾あたる? 大丈夫? あとで自分で調節しなさいよ」


 巨大手裏剣は、投げるときに指をかける三つの穴が開いている。十字の刃は突き刺さりやすいように角度が付けられていて、磨き抜かれてぬらぬらと黒光りしている。


「うん、ありがと! モガディシュで見たときから狙ってたんだ」


「狙ってたってどういうことよ、まああんたならうまく使えそうね」


 武器全般が大好きなチンチラだった。嬉しそうに外に出て行ってしまった。すぐに投げてみたいんだろう。手裏剣に心を奪われて作戦会議を忘れてしまったようだ。


「アルーシャを迂回してダルエスサラームへ進軍した反乱軍は無視するわ、あんなのは烏合の衆であとでどうにでも蹂躙できる。まずはオロチを片付けることに集中する」アカネマルは、あとでチンチラにも伝えといてね、と指示を続ける。「ゾーイとチンチラはパトラッシュの旗下に、ギンとレンジはランボーと組みなさい」


 ランボーと呼ばれたマムルークの戦士が一歩前に出て、ギンに黙礼して、レンジに流し目を送った。長身の二人よりもさらに背が高い。屈強のマムルークたちの中では細身に見えるが華奢とは程遠い肉体の持ち主だった。くっきりとした輪郭の涼しげな目は茶色。形がよく絶妙な弧を描く眉が意外なあどけなさを感じさせる。身に纏った皮と鉄を組み合わせた戦闘服は他のマムルークたちより軽装で、ギリギリまで絞り切った褐色の肉体が所々に露出している。妙に艶かしく見える。


 レンジは直感した。パトラッシュとランボーはずば抜けて強い。そうか、チンチラはきっと本能でこの男たちから間合いをとったんだ。あの天才猫娘は自分でも意識していないに違いない。


「全軍の指揮はあたしが統帥するけど、オロチと対峙した前列の個別の戦闘ではマムルークの彼らの指揮に従って柔軟に動いて。挨拶は各自で済ませなさい、直ちに戦闘配備、日が暮れる前にけりつけるわよ」

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