第50話 マムルーク

 オアシス都市アルーシャの北の門から街に入った。街は内陸の交易に特化した作りになっている。門を入るとすぐに、隊商が荷物を下ろしたり一時的に待機できる大きい広場がある。街の防衛には向かない作りではある。点呼をとる兵の声、逃げ込んだ兵士たちの喧騒に沸いている。負傷者を手当てするテントの設営が始まっていた。


 後ろを守ってくれたパトラッシュは休みを挟むことなく、部下たちに装備の点検をさせてから、まだ街に入っていない兵たちの指揮に出動した。


 アヌビス族の彼は狼の顔をしている。神社や神殿の奥に祀られた名のある神の像のように見えた。レンジはその威厳のある姿を見送った。



 ゾーイが捨てずにもっていた皮袋の水を四人で回し飲みしているところへ、陽気な声がかかる。


「街道沿いの宿場町で足止めされてると思ってたのに、うろうろしないでおとなしくしてなさいよ」


 アカネマルが一際大きい青毛の馬から軽やかに下りるところだった。


 今回もすごい。モガディシュではタータンチェック柄だったストレートのプラチナブロンドは、赤と白のストライプ柄に染め直されている。歌舞伎役者か。獣の毛皮を要所に使った、日本のことをあまり知らない日本好き外国人が夢に描いた武田信玄みたいな衣装だ。柄の長さが身長ほどもある、見事なまさかりを背に担いでいる。柄は朱塗りで繊細な細工が凝らされている。戦の赤備えといったところか。戦場で指揮をとっていなければ間違いなくお祭り関係の人だ。


「あらあら、問題児たちおそろいねぇ」


 アカネマルは邪悪で高慢な笑みを浮かべながら颯爽と歩み寄って、レンジとチンチラをまとめて抱きしめた。


 二人を離してゾーイに向き合う。高下駄を履いているから見下ろす形になっている。ゾーイの頬に手を当てて自分の胸元へ引き寄せる。戸惑うゾーイを覗き込みながらフラミンゴ色の髪を梳いて愛でた。


「あんたがカンナカムイの姫様ね。ミューズからあっという間に放校処分されたって? 校舎の裏庭で大麻栽培してたって笑えるわぁ、見込みあるわねぇ、おっさんはレンジに任せてチンチラと一緒にあたしんとこ来なさいよ」


 衣装の派手さはミューズ筆頭だったゾーイと、異次元のアカネマルが並ぶと、それはレンジには南国に棲む原色の怪鳥が嘴を寄せ合っている絵に見えた。そんなもの見たことはないが。


「連れてくならレンジにしてくれ」


 ギンが横から口を挟んで、チンチラが笑う。


 アカネマルはゾーイを解放すると「一息ついたらあたしの陣屋にきなさい、あそこの白いパオよ」と指差して、兵に指示を飛ばしながら去っていった。


「かっこいいねぇアカネマル」とチンチラが感心する。「でも彼女どうしてボクたちのこといろいろ知ってるのかなぁ」


 チンチラの疑問を受けてレンジがギンに聞く。

「博士とは連絡とりあってたんでしょ?」


「それもあるが、カンナビ中に彼女の忍者がいる。ミスライムの要所にもアレクサンドリアにもな」


「なんか底知れないね、あの人」


 レンジの実感にギンも同意して言った。


「あれも怪物だよ」




 兵たちの邪魔にならないように、四人は広場の隅に移動した。ゾーイとチンチラは汗を流してくると、そのまま二人して市街地の方へいった。


 広場はようやく全軍の収容が終わる頃だった。カンナビの正規軍とは異なる兵装の軍団がいる。先の戦闘で統制を崩すことなく戦っていた軍団だ。


 興味深く眺めながら、レンジはギンに聞いた。

「彼らは傭兵?」


「マムルークだ」


「マムルーク、軍人奴隷のこと?」


「歴史的にはそうだが、現代では武道の英才教育を受けた上級軍人階級のことだ」


 彼らは全員が丸太のような腕と、山盛りの筋肉が幾筋も浮きでている足をもっていた。装備も一級品に見える。明らかにカンナビ連邦正規軍よりも強そうだし規律がとれている。


 落ちついて間近で見れば、さすがにレンジも気がついた。

「この軍団は……」


「あぁ、荒野ですれ違ったな」


 アレクサンドリアへの途上で、ミスライム領内の大地溝帯近くを南下していた軍隊だった。

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