第6章 大蛇

第48話 やるか呑むか、呑んでやるか、それが問題

 アルーシャまでは南へ伸びる主要街道のひとつ、メジェド街道を使う。往路ではアルーシャ手前で進路を西に変更して内陸寄りを通ったことになる。来る時と違って膨大な荷物もないし、全員が馬で移動するから速い。街道を使えば大規模な盗賊団や遊牧民、魔獣や恐竜に襲われる心配も少ない。ミスライム地方での道中は気楽なものだった。


 カンナビ地方に入って進むうちに、街道の人馬はその数を増していった。明らかに平時とは違う、ざわめいた雰囲気が感じられるようになってきた。ミスライム地方よりも隊商の数があきらかに減って、軍属の移動が目立つようになった。



 その日、早い時間にアルーシャに最寄りの宿場町センジュに着いた。センジュの街は、中心広場から木造の屋根を渡したアーケードが何本か放射状に伸びた構造になっている。屋根の下は商店や屋台が軒を連ねていて活気に満ちていた。


 宿はどこも混雑していて、取るのに数軒を回らなければならなかった。荷物を置いてから四人は分担して旅の消耗品の買い出しに出かけた。それから屋台で食事をすませてから一度解散した後に、広場に近い一番大きな酒場で情報を集めることにした。


 レンジは待ち合わせの酒場に入る前に、中央広場に掲示された高札を確認した。行政と街道の交通や物流に関わる情報が張りだされている。まわりの人々は不安な面持ちで、噂や見通しの予想を話し合っている様子だった。


 酒場はいっぱいで、テーブルにつくことはできなかった。カウンターに四人並んで立って、ビールを注文する。


 ジョッキを四つ抱えてだしてくれたにいちゃんは、混雑する酒場をとても手際よくさばいている。


「お客さんたち今日着いたの?」


「そう、アルーシャに行くんだけど、どうなってるのこの騒ぎは?」

 レンジは受け取ったジョッキを隣に回しながら聞いた。


「アルーシャ入り? 絶対無理だ。センジュの封鎖も時間の問題だよ」

 カウンター向こうで作業をしながらにいちゃんは首を振る。


「そこに定期便もまだ出てるって書いてあったけど?」レンジは広場の高札場の方を指差しながら言った、「乗合の募集なんかも……」


「高札場の情報はもう一週間は更新されてない。状況が目まぐるしくて街の行政が追いつかないんだよ」


 困った。四人は沈黙する。


「口コミの情報でいいなら、話そうか。一杯奢ってくれるかい?」



 カンナビ連邦の事実上の首都ダルエスサラームは、ドラゴンの降臨以来続いている緊急事態宣言が、そのまま戦時体制に移行したという。モガディシュ、アルーシャはもちろん周辺の中核都市も同様で、締め出されて行き場を失ったヒトとモノが街道沿いの流通拠点で立ち往生している。そこにきて内陸の部族が反乱を起こして、アルーシャ以西の街を次々に落とすか抱き込んでいる。それに伴って主要街道の関所も閉じた。


「カンナビ連邦正規の軍隊がダルエスサラームとモガディシュ、モンバサあたりから出陣してアルーシャで合流したのが三日前。鎮西将軍として直接出張って、目下コシの古代遺跡近くの荒野で戦闘中なのがあの剛腕アカネマル閣下って話さ」


 にいちゃんの話にギンとレンジは唸った。予想を超えて情勢が悪い。


「これ、内乱だよね?」

 レンジが言うまでもない。


「おまえがダイダラボッチの化石が見たいなんて言いだしてアキタに寄り道しなければ三日は早く入れたんだ」

 ギンが文句をつけた。


「俺かよ、博士だってダーパンシロクーロの尻尾の燻製がいるって、ウエノズンの里に寄ったぜ。気に入ってるみたいだけど、なんに必要なんだよそれ、単なるお洒落だろ」


 レンジは言い返しながらギンのベルトにぶら下げてある白黒模様の干からびた尻尾をつまんで引っ張る。「チェチェーリアからもらったんだろこれ」


 ギンは、「さわるなよ」とレンジの手を払う。


 ウエノズンの里を出るときに、ギンと宿の看板娘のチェチェーリアが秘め事じみた会話と仕草を交わしていたところをレンジたち三人は目撃している。


「まあまあボクだってバステト神社のお参りに付き合ってもらったしさ、喧嘩しないで」

 チンチラがおざなりに二人を仲裁する。


 にいちゃんが両腕を広げて満席の店内を示して言った。「もうみんなここで呑むしかやることないってことで、昼からこの有様さ」


 このまま呑んで様子を見るかそれとも進むか。


「女神マンジャロ様かく語れり!」


 突然ゾーイが声を張った。急いで言わなければならない何事かを思いついた様子だった。


「おう!? なんだよ急に、マンジャロ様はなんて仰ってる?」


 レンジが聞くと、ゾーイはみんなが注目するのを待って言った。


「『やるか呑むか、呑んでやるか、それが問題』」


 レンジとチンチラはカウンターをどんどん叩いて大笑いしながらビールを追加で注文する。


「ゾーイ、それエロい話か?」ギンが聞いた。


「マンジャロ様さすが!」チンチラが歓声をあげる。


「いつも通りよくわからない!」レンジの評だった。


 にいちゃんとその親父らしい厨房の料理人まで笑っている。


 ゾーイはみんなの笑いをとって嬉しかった。ごくごくとビールを飲み干して得意げな笑みを浮かべた。


 とりあえずもう一度乾杯しようということになって、俺もいいかい、とウンターのにいちゃんも参加する。


 乾杯の前に一言いいか、とギンが割り込んだ。


「できれば覚えておいて欲しいんだが、アルーシャで荷物を回収するのが目的な。相変わらずすごい勢いで飲んでるけど払いはまた俺なのか、そうか。物見遊山じゃないというか……」


 ギンは全員に無視された。


「マンジャロ様に乾杯!」

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