第47話 また旅に出る
ギンが話があるからと、その日の夕食はみんなでとることになった。赤煉瓦棟のいつもの三階に集まった。
食事の準備をしながらレンジとチンチラは、ゾーイの校則違反の数々を話題にした。入学から放校処分にいたる違反の数は、ミューズ開校以来の記録を更新している。
ゾーイは、自然に振る舞っているだけなのに校則がわたしを違反してきた、と主張した。
二人が笑いすぎてゾーイはむくれてしまった。さきほどからテラスに出した七輪の前にしゃがみこんで、みんなに背を向けて黙々と野菜串を焼いている。
「博士は教室でもめたりしなかったの?」
レンジは、この人がもめないわけがない、とわかっていながらも聞いてみた。
「俺は飛び級だったし、そういう面倒な人間関係に混ざったことはないな」
ずっと変人だったに決まっているこの人は、と思ったが口には出さなかった。
「博士は変わり者だったからみんなさけてたんだよ」チンチラが笑いながら言う。
チンチラよく言った。
ギンが「チンチラ、玉葱切ってくれ」と頼むと、チンチラは「いやだよ、目がしみるから」と言下に断って、ナツメヤシの実をつまんでワインを飲んだ。
「……」
ギンは渋々ナイフをとった。
レンジは愉快な気持ちになって声をあげて笑った。
大蒜と一口大に切った肉を焼きにいく。「ゾーイ機嫌なおして」と声をかけてグラスのワインを渡す。彼女は立ち上がって受け取ると、レンジのほっぺたを軽くつねって微笑んだ。
ザンジバル島の東海岸で集めたオーパーツと周辺の資料のうち、海路で手配したものはすでにアレクサンドリアに届いていた。モガディシュから陸路で手配した後発の荷物が、被災の混乱のせいでオアシス都市のアルーシャで滞ったまますでに数ヶ月を過ぎている。ミスライム地方にすら至っていない。直接アルーシャの街に出向いて対応することにした。
ギンの話で三人の意気はあがった。また旅に出る。
出発間際に新しい武器と新しい衣装をそれぞれたくさん買い込んだチンチラとゾーイがはしゃいでいる。それらの品々はギンからもらう小遣いでは到底手に入らない高価なものに見えた。
不思議に思ったレンジが聞いても、二人は明らかになにか示し合わせているらしく、うやむやにその話題をさけた。
チンチラには、貸している太刀をあげるからなにも聞くな、と言われた。ゾーイは口籠っておろおろして、逆に気の毒になって追求の手を緩めるしかなかった。
レンジの推理では、ゾーイが校舎裏の菜園で育てていた禁じられた葉っぱ、学長に焼却処分するように命じられていたその葉っぱを密かに隠し持っていて、出発のどさくさに紛れて金に変えたのだと思う。二人は素知らぬ顔で利益を分けて、それぞれの衣装道楽と武器道楽に散財したのだと思う。
違法な香りはするにしても、この二人はいつでもどこでもどんな状況でも楽しいことを見つける。
また馬に乗れるのが嬉しかった。レンジは厩舎で最初に目が合った栗毛を選んだ。馬という動物の表情はいつも少し悲しげに見える。背中に人乗せるのどう思ってるんだ正直なところ、ねえ? 首筋を叩いてあげながらそう聞くとその子は鼻と額を寄せてきた。
遠目のアレクサンドリアは青と白の大理石に彩られている。整然と整備された放射状道路の先の大図書館とミューズの校舎、ファロスの灯台を仰ぎ見ながら、レンジは馬上で感慨に耽る。
なんとなくこの学校にはもう戻らない気がする。新しい時間の流れが自分の背中を押しているような気がしている。焦燥感とも違う、ただなんとなく胸が騒いで、前に流れていた時間と離れていく寂しさを感じる。
現世ではいつも時間が終わること、過ぎることばかり願っていたのに。アレクサンドリアで過ごした時は、楽しかったのかもしれない。
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