第46話 クロバネ先輩とゾーイは付き合ってるんですか?

 ゾーイの寮の部屋から彼女の荷物を赤煉瓦棟に運んでいる時だった。中庭で視線を感じたレンジが目をやると、ゾーイに顔面を殴られた男子生徒が思い詰めたような表情を浮かべていた。鼻筋から目元にかけての痣がまだ痛々しい。頭を丸坊主にしていた。口元を震わせながら、なにかを訴えるような真剣な目でしばらくレンジを見つめてから、丁寧な一礼をして去っていった。詫びのつもりなのかあれは。



 何度か往復していると、今度は寮の前で、「クロバネ先輩」と遠慮がちにチャウチャウが話しかけてきた。ちょうどいい、木箱の一つを彼女に持たせる。


「重いぃ。ゾーイは?」


「チンチラと市街に行ってる。俺は彼女の引越しの手伝いだ」


 荷物を抱えて、二人並んでキャンパスをしばらく無言で歩く。彼女の頬の腫れはもう引いている。


「まだ意地悪やってんなら今度は俺があご砕くぞ」


「ゾーイは口きいてくれない」


「きかなきゃいいだろ、君ら仲悪いんだから。それにもう会うこともなさそうだし」


 ずっと何か言いたげなチャウチャウは、


「怒ってる?」怯えた小動物のような目でレンジの機嫌をうかがいながら聞いた。


「俺はな。ゾーイは怒ってない、君らは相手にもされてない」


 またしばらく沈黙が続いた。


「歳も同じなのにわたしはなにももってない、どこにもいけない……。ゾーイといると不安になっちゃって……」


「おまえらみたいな奴らはめんどくさいし嫌いだよ。いつも人の後ろに隠れてるから目に入らなかったけど、姑息な世渡り勉強してたんだな」


「わたしたちは……わたしは卑怯だった……」


 レンジは意地の悪い言葉を投げてしまって後悔した。後悔ついでに続ける、


「おまえらのいる教室は、世界の一部のさらに一部のさらに地方の田舎っぽいルールが敷かれたほんの数年だけの変な世界だ。そんなムラでしか通用しない掟を振りかざしやがって」


 レンジはつい最近まで自分も知らなかったことを人に偉そうにのたまう自分を鼻で笑った。チャウチャウはまた馬鹿にされたと受け取ってしゅんとしてしまう。


 箱を持たされて両手が塞がっているから、彼女は制服の肩で目を拭きながら歩いた。


「クロバネ先輩とゾーイは付き合ってるんですか?」


 泣いているのかと思ったら唐突な質問を繰り出してくる。レンジは無視した。


「家族ではないんでしょ、血がつながってる」


 たたみかけるように聞いてくる。


「恋人なんですか?」


 さっきまでしょぼくれていたのに、頬を赤くして必死な面持ちになっている。


「好きなんですか?」


「もうなんだよ小娘!」


 たまりかねたレンジが対応すると、


「ほとんど歳一緒じゃないですかぁ!」


 感情を爆発させて声をあげた。


「大きい声だすな!」


 どうしたんだこの娘は。レンジは彼女の前に、荷物を載せやすいようにしゃがんだ。


「うるさいからここまででいいや、ほら、上に載せろ」


 彼女は不満そうに木箱を少し乱暴に置いた。怒った山猫みたいな顔でしばらくレンジを睨み続ける。挑むような目を見開いたまま、両の目尻からはぽろぽろと大粒の涙を落とした。


「わたし、先生とか親に怒られるのが怖くて、自分のことしか考えられなかった」


 すがるような泣き顔になって、声を絞り出す。


「自分以外の誰かのために損したり、手を差し伸べたり、どうしたら出来るのかなって……思ったから」


 チャウチャウはハンカチで涙を拭きながらキャンパスを戻っていった。

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