第31話 春と修羅 〜宮澤賢治〜
わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)
レンジがたどたどしく思い出しながら暗唱した詩を聞いて、ギンはすぐに内容を解釈した。
「電燈という言葉は肉体のことだろう。決定でも既定でもなく仮定され、ているのは自由意志を認めてるのか認めたいのか。流れて光っている青い照明は、霊というか情報のことだな。存在についての優れた表現だ。言葉の使い方からして、彼か、あるいは彼女は科学者か?」
「宮澤賢治、確かに科学にも造詣が深かった。でも童話作家と詩人としての仕事が大きかったね、熱心な宗教家でもあった、童貞のまま死んだらしいよ」
「おまえも紙一重じゃないか」
「それを言っちゃあ……」
「わるかったよ」
ギンの探究心は果てしない。剣士なのか、どこにでも顔が利くフィクサーなのか、隠然とした力や財力は謎めいているが、本人は学者だと自称してはいる。
研究作業の合間にいつものお茶を飲みながらの雑談の多くは、やっぱりレンジの世界の詳細になることが多かった。
「話戻すとな、わからないのはその読書感想文ってやつだ」
レンジが『春と修羅』の冒頭だけ覚えていたのは、読書感想文の課題で昔読んだことがあったからだった。
「本読んで感想書いてもってこいって宿題だったんだよ」
「それで文章の添削されたりするのか?」
「いや、それがよくわからないんだけど……」
「だからわからねぇのは俺だ。文学作品の感想に成績がつくのか? どうやって? だれが?」
「教師が……」
「おまえ詐欺にかかったんじゃないか」と言ってギンは笑った。
「その可能性はあるよ。とにかく俺の世界では先生なんて呼ばれてる奴らは全員知ったかぶりの詐欺師だった、嫌いだね」
「詐欺師って、ほんとか?」
「ほんと、間違いない」
レンジはヌースフィアのあれこれを子供のように素直に見ているのに、ことそれまで自分がいた世界についてはとんでもなく偏った見方をしている。興味深いことだ、と思ってギンは話半分で聞いている。
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