第30話 裏口入学手続き
羽のついたペンでサインをしたためた書類の写しをギンに返しながら、ミューズの学長ラディン・アイユーブは眉をあげて若干の不満をあらわした。堂々たる体躯のひげもじゃはギンより年配に見える。
入学許可証が受理されて、これでレンジとゾーイは伝統あるミューズ学院大学に正式に迎えられたことになる。とはいえ手続き以前から二人は学内に出入りしている、ギンの口利きで裏口から。そんなごり押しができたのもギンの名声と財力があってのことだった。アイユーブ学長は気心の知れた友人の頼みとはいえ、立場上不満を表さないわけにはいかない。
「アッティラ家の寄付は受けているが、原則は曲げられないし出来ることと出来ないことがある。しかし個性的だね、二人とも」
「面白い子達なんですよ」
「王国の権威も庇護も後退して、いまじゃ商人達が研究に口出しするような時代だよ。ミューズもなにかと整ってきて、我々の頃のようにおおらかな時代じゃない」
「お互い、つまらない大人になりましたね」
蛮勇と放埒を鳴らした学徒の日々も今は遠い。学長は苦く微笑んで話題を変えた。
「ヌースフィアの地理で新しい知見がでている。エラトステネスの論文は読んだか?」
「一部同意です、私も球体だと思います。ただし、ひたすら直進したとしても同じ時空には戻らないと考えています」
ギンが答えると、間髪入れず学長は、
「平面だ」と返す。
昔から二人の意見は割れている。
「ギン、待ちたまえ」
立ち上がって退出しようとするギンを引き止める。学長はいそいそと机の引き出しから琥珀色の酒と小さなグラスを二つ取り出して、なみなみと注いでギンに勧めた。
「最近じゃ、こいつも隠しとかないといけない。世知辛いったら」
言いながら一息に飲み干してから二杯目を注ぐ。それから妙に楽しそうに持論のヌースフィア平面論を蕩々と語りだした。
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