第26話 トトロとエイリアンの死骸

 チンチラは朝ごはんを食べたあと二度寝する。それからいつもふらふらとどこかへいなくなってしまう。ギンの手伝いはいつもレンジ一人でやることになった。


 レンジは午前中ギンに読み書きを教えてもらってから軽い休憩を挟んで、それから日中のほとんどの時間を彼と一緒にオーパーツの分類と整理に費やしている。そのほとんどはガラクタで泥まで採取しているのだからたまらない。


 泥だがなんだか定かでない物体の重さを天秤と分銅で正確に測る、紙に記す、連番を振った所定の大きさの木箱に入れて整理する。面倒くさくなって天秤が平衡しないまま重さを適当に書き込む、ギンに怒られる、やり直す。泥だかなんだか定かでない……、果てしなく繰り返す。


 ここ数日、ギンは白い手袋をして、なんだか変な匂いのする液体をガラス瓶に注いで、採取した有機物の標本を作る仕事を続けている。このおっさんはいつ寝ているんだろう、とレンジが思う勤勉さだった。


 レンジはお茶を飲みながらホルマリン漬けの標本を何気なく眺める。見覚えがあるようなないような、奇妙な生物の死骸がたくさん。そのほとんどは切れ端や部位の断片が多い。なかにはぼんやり青く光っている謎の骨とか、ちりちりに焼けた動物か妖怪かなにかの死骸らしいものもある。


「分類だけでも数カ月かかるだろう」


 ギンが言うにはそのほとんどが新種であったり絶滅種であったりするらしい。ドラゴンが出現した場所には必ずその種の変異が起きる。


 半分焦げたトトロ似の生物の死骸の隣にあるのは、

「エイリアンだ」


 レンジが覗き込んだそれは、まさにエイリアンだった。膨らんだ後頭部と、魚のようにぬらりとした黒に近い灰色の体表。


「なんだ、知ってるのか?」


「こいつは凶暴な生き物で、見境なしに人間を襲ってくるやつだ」


 ギンは陶器のカップを置いてレンジの横に並ぶ。続けてくれ、と言いながらホルマリン漬けのエイリアンを覗き込む。


「倒そうとしても、体液がすっごい強い酸だから大変なんだよ、あと人間の体に卵産んだり、とにかくたちが悪い。これは小さい種類みたいだけど、やばい生き物だよ」


「体液が強い酸で、卵生か……」


「架空の生き物だけどね」


「なんだと?」


 ギンが鋭く問う。


「いや、映画の、絵物語っていうかさ。架空の物語に出てくる生物だよ、実際にはいない」


「本当か?」


「まあ、見た限りは」


 ギンは興奮して息をつく。迫力ある目をさらにぎらつかせる。すごい勢いで思考の火花を散らせているのが傍目にもわかる。


「要は、こいつはおまえがいた地球という世界には存在しない、でもおまえの記憶というか、おまえが知ってる御伽噺、みたいなものか、にはでてきたということか?」


「そういうことだね」


 不思議なことだとレンジも思う。


「そういう仕組みか……」あごに当てたギンの指がかすかに震えていた。


 なんだ、どうしたんだこの人? レンジは訝しんで訊いた。


「どういうこと?」


「わからん」ギンはひそやかな興奮がおさまらなかった。神秘の気配がする。


「謎だね」


 謎はおまえだ、と思いながらレンジのまだわずかに子供っぽさを残した横顔をうかがう。指で突っついたりしながら琥珀色の目をいっぱいに開いて、夢中でそのエイリアンを見ていた。

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