第23話 旅の終わりはいつも寂しくなる

 謎の軍隊を見送ってからさらに数日、キャラバンは順調に距離を稼いでサバンナを抜けて森林地帯に至った。支線を移動する旅人や隊商の姿も見かけるようになってきた。


 ボブマーリー族長と、ゾーイに親しかった数人が引き続きアレクサンドリア近くまで同行することになった。


 サバンナに戻る戦士たちは、順番に一人ひとりがゾーイにお別れの言葉をかけている。ゾーイは時折涙をぬぐう。心のこもった情景だった。みんなは陽気に手を振りながら荒野へ戻っていく。ここから先に同行する数人はきっとゾーイの育ての親や幼なじみ、親しい家族だった人たちだ。


 カンナカムイで血縁は重視されない。荒野の過酷な遊牧生活は頑健な子供しか生き残れず、さらに部族間の戦闘や魔獣や恐竜との絶え間ない戦いで死亡率が極めて高い。血縁を軸とした家族制度では力強い共同体を恒久的に維持できないのだ。戦災孤児や困窮して口減らしに売られたり捨てられたりする子供たちも引き取って、部族全員で大事に育てあげる風習があった。


 それからさらに数日かけて深い森の隘路を苦労して抜けると、視界が開けて広大な穀倉地帯に入った。麦畑沿いをさらに進むと、広い川を挟んで一気に視界が開けた。三角州沿いに大きな街が広がっている。


 中心部にはまだまだ遠いが、もう迷いようがない。遠くの建造物の隙間から、夕暮れにきらきら光る海と船の白帆が小さく揺れる。一際高い塔がそびえているのが見える。


「アラ川沿いに進めば、整備されたメジェド街道にでられる。ここでお別れだ」


 その日は早い時間に夜営をして、別れの宴をひらくことになった。太鼓が激しく打ち鳴らされる。レンジもギンも人足のみんなも、カンナカムイのビートに合わせて飛び跳ねて、足踏みをする。複雑なステップを踏んでブルブルと腰を振る。


 チンチラはまだ浮かれ騒いでいるが、ゾーイは焚き火を囲んで親しい家族としんみりと会話をしている。やっぱりみんな泣いてしまったようだ。


 レンジとギンはいつものように並んで座って焚き火をつつきながら、蓄えが少なくなってきた常温のビールを大事に飲んでいた。


「旅の終わりはいつも寂しくなる」


 ボブマーリーは二人の向かいに腰を下ろして笑顔を向けた。言葉のわりに、いつもこの人は楽しそうで周りの人を元気にさせる。


「ギンは聡い人だから分かってるかもしれない。我々の部族はある人の依頼を受けて動いた、その人の名前も、その依頼を受けたことも本当は言えないことだ」


「族長に依頼をした人は難しい立場にいて、精一杯やってくれたんだと思う」


 訳知り風なギンだったが、唐突な話題はレンジにはなんの話なのかわからなかった。族長のドレッドロックスにハチドリが留まりそうになるのを期待を込めて眺めている。


「俺の一存で話したのは、ゾーイの、あの素晴らしい娘の旅の始まりに、利害とかわだかまりを残したくなかったからだ。部族の娘を預ける以上、俺はおまえらと心を開いてつながっていたい」


 チンチラがレンジをたちを呼んでいる。また踊りの輪ができ始めている。


「いっていい?」


 ギンとボブマーリーは杯を上げて頷いた。



 翌朝、ボブマーリーは涙をいっぱいに浮かべながら改めて一行とゾーイとの別れを惜しんだ。


「楽しい旅だった、ゾーイを頼む」


 来た道を戻っていく、その最後の一人が森の木に隠れて見えなくなるまで、レンジはゾーイと一緒に手を振り続けた。


 キャラバンはおもむろにアレクサンドリアへ向けて最後の道中を踏み出した。ゾーイはそれからしばらく何度も涙をぬぐいながら歩いた。チンチラがずっと彼女の頭を抱いて慰めてあげていた。

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