第22話 謎の軍隊

 カンナビ地方を抜けて、ミスライム地方に入っている。街道を外れてずいぶん内陸側に寄っている。西の彼方にはいよいよ大地溝帯と称される不気味な深い谷が見えてきた。あの巨大な大地の裂け目は、カンナビ、ミスライム地方の人跡の及ぶ果てになっているという。裂け目の対岸は厚い雲に覆われて望めない。その灰色の雲に稲光が走っている。遠くて音はとどかない。


 一行は人外の魔境の気配を感じとっているのか、口数が少なくなっている。粛々と隊列を進めていると族長から、進行方向右手の小高い丘に回り込んで進むように、と指示が発された。


 丘の傍で小休止をとっていると、ギンと族長と何人かの戦士達が連れ立って丘の上に登っていくのが見えた。レンジもついていくと、見晴らしのいい丘の上で、みんなが深刻な顔で北西の方角をうかがっていた。その方角へしばらく目を凝らすと、遠くの砂煙が少しずつ近づいてくるのが見え始めた。はじめヌーの群れかと思ったが、よくよく目を凝らすとそれはサバンナを南下する大人数の軍隊だとわかった。


「我々よりもさらに大地溝帯寄りの進路をとっている。兵装からは……どこの軍隊か識別できない」


 族長が観察して、続ける。


「滅多にないにしても、地溝帯の底から神獣クラスの大物が姿を見せることもある。街道から遥かに外れたこんな危険区域を通っているということは、少なくとも恐竜や魔獣に対抗できる準備と戦力をもっているということと、……よっぽど人の目に触れたくないのかもしれないな」


 ゾーイとチンチラ、さらに何人かの部族の戦士たちが心配そうに丘を登ってきた。


「ちなみに、あの大地の裂け目をカンナカムイの男たちは、女神マンジャロ様の女陰と呼んでいる」


 わざわざ彼女たちが近づくのを待ってから族長は聞こえよがしに、わずかににやけながら語った。ゾーイが族長の尻を引っ叩いて踵を返してしまった。チンチラは笑っている。


「向こうからも見られてる」ギンが言う。


「当然だな、手出しはできない、やり過ごす」


 族長が宣言した。



 謎の大軍団は砂塵を舞いあげながら徐々に近づいてくる。軍靴の音が耳にとどき始めた。レンジ達の目でもその陣容を確認できる距離を整然と進んでいく。一人一人が厳しく訓練されて引き締まった、軍人特有の張り詰めた気を放っている。


 先頭集団は機能美に徹した軍装を身にまとった、精鋭無比といった印象の戦士たち。馬上から横目で鋭く丘を睨みつけながら、顔は真っ直ぐ進行方向を向いている。屈強で冷静で沈着だった。


 ネコマタ族、アヌビス族をはじめとする獣人たち。十メートルに近い巨人族も数人。フードを被って杖をもった集団はなんだろうか。恐竜使いもいる。レンジの目には幻想的な神話の軍隊に映った。


 抜刀した騎馬が一騎ずつ列を抜けては、丘の上の一行と、下で待機するキャラバンにかまえて目を向ける。警戒と無言の威嚇だった。丘を点で囲むように、順番に一定の距離を保ちながら等間隔に騎馬が配置されていく。万が一の自体にも対応する緊張感がこちらにも伝わってくる。その後ろを大部隊は粛々と南に向けてゆっくりと進んでいった。

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