第21話 縄文土偶様とツクネ
翌朝、めずらしく早く起きて遊んでいたらしいチンチラが、ジグラッド低層の奥から重そうななにかををずるずると引きずってきた。
「レンジぃ、これなにかなぁ」
彼女の腰ほどまである大きさ。一緒に朝日のあたる場所まで引っぱって、全容をあらわしたその黒い像は、
「縄文土偶! どこにあったの?」
驚くレンジの前に、向こうの扉の台の上に飾ってあったよ、と言いながらチンチラはゴロりとそれをころがした。
「あ、足折れちゃったね」
「土偶様!」
レンジは小学校の遠足でいった上野の国立博物館で初めて縄文の土偶を見て以来、その謎めいた存在に惚れ込んでいた。東京に大地震がきたときには国宝の保護を名目に上野の博物館から盗みだすつもりだった。
「おいおい、なんだこりゃ」
ギンがいつもの手拭いを頭に巻きながら声をかけてくる。
「縄文土偶様だ!」
「知ってんのか?」
「知らないけど知ってる」
横たわった土偶様のかたわらにひざまずきながら、レンジは力強く答えた。
「なに言ってんだおまえは。元に戻しておけよ、こういう古い遺跡のものを動かすのは一番まずいんだよ、呪われるぞ」
確かに、縄文土偶様はいかにも見境なく人に呪いをかけそうな外見をしていらっしゃる。しかしレンジは、健康なままで学生時代を送ることができたらこいつの正体を研究する人になってもいいとぼんやり将来を思ったことすらあった。その憧れの縄文土偶様がいま目の前に、しかももしかしたら現役の……。
「もっていく」
「やめろって」
「もっていく」
「どうすんだそんなもん!?」
レンジはかたくなだった。
「荷物だって量によっては関税がかかるんだぞ。そんなでかいもん、アレクサンドリアで追加で金かかるじゃねぇか」
「いやだ、もっていく……もっていく!」
「うるせぇな、わかったよ」
ギンが根負けしたところで、突然なにか重たい重量物がぶつかって崩れる音が響いた。奥でチンチラの尻尾が揺れるのが見えた。いつのまにあんなところにいる。なにかまた悪戯したに違いない。
「チンチラ!?」
二人で慌てて駆けつけると、チンチラが銀の尻尾についた埃を払っているところだった。
「ごめ~ん、かべ壊しちゃった」
彼女がへらへら笑いながら指をさした先は、土偶様が鎮座していたとおぼしい台座が倒れて、奥の壁に大きな穴があいていた。台座と壁の一面には歳月にかすれた謎めいたレリーフと、文字らしい紋様が刻まれている。
「いいか二人とも、この手の遺跡では、二度と、うかつに、触るな! うろうろするな! 系統不明の魔法や呪いが発動したら対応できない。朝っぱらからなんなんだおまえらは」
チンチラとレンジはギンにきつく叱られた。音を聞きつけてゾーイとボブマーリー達が様子を見にきた。大丈夫だ、と博士が身振りで示す。
チンチラが暗がりを覗き込んで首をかしげる。レンジもそちらに目をやると、鳥がいる。
「雉子かなぁ?」とチンチラがつぶやく。
しゃがみ込んでみるとそいつはレンジに寄ってきて、腹のあたりに小さな頭を擦りつけてきた。かわいいな。
「雉か孔雀の子供みたい」近寄ってきたゾーイが言う。
レンジが手を差し出すと、その鳥は警戒するでもなく腕にのってくる。
「こいつも連れていこう」
なんでもかんでも拾うなよ、とギンがあきれている。
もうちょっと大きくなってから食べよう、とゾーイが提案した。
「名前つけようかな」とレンジがつぶやくと、食べものに名前つけると食べにくくなるよ、とゾーイはあくまでも食料としての視点をくずさない。
「とりあえず、ツクネでいくか」
レンジは幼鳥に好物の名前をつけた。
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