第20話 今度は、よく生きることができますように

 カンナビ地方に最初に入植した人類が建設したと謂れている古代遺跡群がサバンナに点在していた。夕焼けを背に長い影をまとったギンが周囲の地形と近くで拾った骨の化石を見ながら「昔はこの辺りまで海岸線だったのかもしれないな」と言った。


 その日はそんな打ち捨てられた古代遺跡の下で野営することになった。360度地平線の、広大なサバンナに人知れず起立する雄大なジグラッド。その昔はこの膨大な量の石材を運搬する気の利いた手段があったのだろうか。夕暮れに長大な影を伸ばす古代の神秘にレンジは感動した。


 カンナカムイの部族と合流してから夕食時は、毎日ほとんど宴会の体をなしている。不思議な香りのする葉っぱが焚かれて、太鼓が打ち鳴らされて思い思いに浮かれ騒ぐ。


 レンジはなんとなく一人になりたくなって、食事の後にジグラッドの頂上を目指してよじ登ってみることにした。最近は乗馬にも慣れて、移動の疲労が溜まらなくなってきたこともある。


 ほとんど梯子に近いくらいの急角度の階段を登っていく。強風でも吹いたら転落してしまいそうだ。幸いほとんど風はない。星明かりで手元、足元は確かだった。半ばまで登ってレンジは少し後悔した。予想以上に高い、気温も下がってくるほどだった。


 てっぺんには祭壇と、十分に広い礼拝の広場があった。遥かな昔に、きっとここに人が集まってなにかの儀式を行ったんだろう。祭壇に背を向けて、階段に足を投げて座り込む、そして満天の星空を独占した。


「星の数、すごい」


 独り言が妙にはっきりと耳に響く。かすかな風の音に耳をすませてみる。風の音、自然の音は心を犯さない。静かだった、落ちつく。現世ではどこにいっても一日中消えない都市の音に苛立った、ここは静かだ。


 最近しばらく現世のことを思い出すことがなかった。それにしてもずいぶん遠くにきた。こんな剣なんかもって、いつ誰が作ったのかもよくわからないまま放置されている見知らぬ古代遺跡のうえにひとり、座りこんでいる。


 流れ星が幾条も走る。彗星なのか隕石なのか、ゆらゆらと揺れる光を放って、天空を少しずつ移動しているなにかも見える。目に映る景色のなにもかもが未知の存在で、すべてが想像の外側にある事象なんだ。自分が存在していることすらもあやしい。


 だから生きるのも自由、死ぬのも自由。思うまま、好きにすればいい。


 肩の荷がおりた。現世で重苦しく自分を縛っていた、それがなんなのかもよくわからない無数の縁から放たれている。身体が軽くなったのはそのせいだ、暗い渦巻き銀河の気配もいまは遠い。


 目を閉じて、剣の鞘に額をあてて、しみじみとかみしめるように「自由……」と口に出してみる。心細いような心が浮き立つような気持ち。不思議な感情に揺らされて涙があふれた。


 現世のことは思い出、つとめてそう思うようにしてみよう。ここでは俺は自由なんだ。


「今度は、よく生きることができますように」


 祈りが自然に口をついた。

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