第13話 無差別テロ
一階の大広間は大通りに面して開放されていて、一般の人々が簡易な飲食と談笑を楽しんでいる。
「留学時代にそのキンディーって学校で、ギン博士がアカネマルさんの指導教授だったんだ」
レンジは二人の馴れ初めの話を聞いている。
「そうよ~、微妙な関係っぽいのになったこともあったわよね~、ギン博士」
「そうだったかな」
年甲斐もなく照れるギンを見てレンジとチンチラは笑い合った。四人は広間を横切って正面の出口に向かう。
「アカネマルはその頃からそのメイクしてたの?」
レンジも聞きたかったことをチンチラが聞いてくれた。
その時、レンジ以外の三人が不意に足を止める。レンジは前のアカネマルにぶつかりそうになる。
「レンジ! ボクの後ろに下がって、しゃがんで!」
チンチラが勢いよく抜刀して、ギンがアカネマルとレンジを守るように前に出るのと、轟音と共に窓ガラスの大半が粉々に割れて硝煙の匂いが鼻を突くのが同時だった。人々の悲鳴があがる。
広間には粉塵が舞い上がって人々は床に伏せている。負傷してふらふらした足取りで彷徨う人もいる。割れた窓の外から、何人かの黒装束が素早く飛び込んでくる。抜刀して真っ直ぐにレンジたち一行に迫り、いきなり、ほとんど同時に左右から斬りかかってくる。
黒装束の最初の斬撃をチンチラがその細い腕と細身の剣で受けるかと思った瞬間、斬撃に逆らわずに、細身の剣を相手の剣の下で滑らせながらしなやかにかわす。賊の剣が石の床を打って硬い音をたてた。
チンチラは柔らかく手首を返して、自分の剣を黒装束の刀身の上に重ねる。次の瞬間、腰の捻りだけで、物凄い勢いで剣を振った。遅れて銀の尻尾が跳ねあがる。
あまりに疾く斬られて、黒装束の首はしばらく胴にのったままだった。呆気にとられて後ろに一歩下がったときににポロリと首が落ちて床で鈍い音をたてた。黒頭巾から覗く目は、最後まで自分が斬られたことに気がついていない。
チンチラの神憑かった動きに右から切り込んできた黒装束が気を取られた。棒立ちのように見えたギンの右手がゆっくりと太刀の柄を握り、右足が半歩だけ前に出された。
空気が唸りをあげて刀が起こした気流がレンジの顔を打った。黒装束の右腕と左手の指が刀ごと宙に舞って、斬り上げられた喉から血が高々と吹きあがった。
ギンの右手が柄に置かれた時と、抜き放たれて刀を高々と掲げる姿の間の映像が抜けている。速すぎて見えなかった。
アカネマルは背中に手を回して腰のぼんぼりのついた紐を解いた。悪趣味なアクセサリーかなにかだと思っていたそれは、ずっしりとした重量感のある巨大な三つ星の黒い手裏剣だった。
アカネマルはその手裏剣を大胆なフォームで思い切り振りかぶって、うらぁ! と気合を発して投げた。白銀の髪がひるがえって、その長い足で一本立ちになる。
真後ろにしゃがみ込むレンジからは、タイトなドレスが腰までまくれあがって、薄紫色の下着と足の付け根までがしっかりと見えた。
唸りをあげて飛ぶ手裏剣は、凄まじい重量感で窓から飛び込んできたばかりの黒装束の胸に深々と突き刺さって、さらにその体を後ろに吹き飛ばした。派手な音をたててガラス片に倒れ込んで血溜まりが広がる。
チンチラは四人目の膝をすれ違いざいざま切り落として、そのまま振り向くことすらせず逆手に持ちかえた剣でとどめを刺した。黒装束の鳩尾から刀身が突き出して血の筋を引く。切断された膝から下がぱたりと床に転がった。
チンチラが勢いよく剣を引き抜くのと、ギンが刀身の血を一振りして払うのが同時だった。
建物の外の光景は凄惨だった。爆発で四散した人間の一部がそこかしこに散らばって、撒き散らされた鮮血のなかに転がっている。負傷した人々の呻き声と、足や腕を失って激痛に泣き叫ぶ人の喚き声が響く。負傷者の大半が一般の人のようだ。片目を失ってぐったりと動かない子供を抱き抱えた父親が、誰か助けてくれ、と泣き叫んでいる。無差別テロだ。
第二陣が迫る。一般の人に紛れて明らかにそれとわかる数人の下手人がレンジたち一行を囲み始める。抜刀して武装している。アカネマルが「全員殺してやるわ」と呟きながら果敢に前に出る。
その時、負傷者の呻きと、悲嘆に暮れる泣き声で満ちるテロの現場に、場違いなほど凛とした女性の声が響いた。
「傷ついた者の手当てを!」
人だかりを分けて白い袈裟にターバンを巻いた女性が歩んでくる。
「手が空いているなら手伝いなさい!」
誰にともなく、あるいはその場にいる全員にか、叱責するように声を張る。
アカネマルがテロリストたちから目を離さずに女性に声をかける。
「いまは下がっていなさい」
濃い褐色の肌の女性は青い目でアカネマルを一瞥して毅然と言い放つ。
「何様よ? わたしの前で殺しはさせない」
その人の足取りは全く緩まない。
ギンが切迫した声をかける。
「あなたが死ぬぞ!」
女性は袈裟の袖を二の腕までまくりあげて縛りつけながらさらに歩みを早める。
「それは考えたことなかったわ」
黒装束のテロリストたちの囲みを堂々と横切る。彼らはその女性を盾に取ろうとしたのか、あるいは斬り殺そうとしたのか。青眼に構えた剣を向けて踏み込んだ。
「やめろ!」
レンジが急に大声をだして、一瞬その場にいた全員の動きが止まる。咄嗟に声がでた。危険な雰囲気をだしたそのテロリストの一人に考えもなく向かってしまった。その女性に引き込まれるように、気がついたら体も動いていた。一瞬でチンチラに進路を遮られる。
女性は横目でレンジに一瞥を送る。そのまま歩みを緩めずに、片腕を失って鼓動に合わせて腹から大量に出血している男性に近づくと、白い袈裟に血がかかるのも気にせずに手当てを始めた。まるでその女性だけに光が当たっているように、その場の全員が息を詰めて彼女の動きを追っていた。
どこか離れたところから笛のような音が鳴る。それを合図に弾かれたように黒装束たちが撤収を始める。街の暗い影の部分を選んで、素早くその姿をくらませていく。
アカネマル付きの護衛らしい武装した男性がいつのまにか現れて指示を仰ぐ。「一人も逃すな」と追討を命じる。すでに彼女の手勢が包囲を完成していたのかもしれない。すぐに建物の奥の方から剣戟と悲鳴が聞こえてきた。
「ギン、出発までもう時間はとれない。今後のこと手短に話しときたいわ」
ギンは不覚な気持ちを味わっていた。ドラゴンに浮かれすぎていたのかもしれない。何万もの人が死んで、悲惨なテロと被災の混乱を呈している国、恐慌寸前の国。この状況で、その女性だけが唯一人、正しい行いをする存在に思えたからだ。
「レンジ、その方を手伝え。チンチラは護衛を」
遅れをとった。ギンは憮然として刀を鞘に納めた。
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