第11話 カンナビ連邦共和国

 港湾関連の施設が集まった区域を抜けてしばらく行くと、いかにも官庁といった大仰おおぎょうな建物が見えてきた。入り口には沖縄のシーサーに似た面相の魔物の彫像が二体ある。レンジは興味深くその彫像を見ながら、チンチラはお気に召さないのか、うぅ、と可愛い眉をしかめながら二体の間を抜けて建物に入った。


「カンナビは元々人間よりも魔獣や霊獣の天下だった土地だ。長い歴史の中で封印されたり、こうやって守り神になったりして今もその精気に満ちてる」ギンが歩きながら教えてくれた。


 建物の中に入ると、様々な国から来たと思われる人々が個性豊かな民族衣装を身に纏って談笑していた。それぞれ礼装なのか、落ちついた感じではある。さらに奥の部屋に通されると、レンジたち一行を認めて立ち上がった二人の人物がいた。その周りの取り巻きとも護衛とも見える一行も一斉にこちらを向いた。


 事前にギンに指示された通り、チンチラとレンジは彼の後ろ左右に控える。


 ギンが黙礼して最初に挨拶を交わした男は、ずんぐりとした背の低いおっさん。忙しなく目線を動かす癖のある男だった。とってつけたような笑みを浮かべている。それなりの格式と素材の、軍服に寄せた正装を身につけているが、似合ってはいない。


 その一歩後ろに控える女性は圧巻だった。そのメイク、その衣装。腰まである長いさらさらストレートのプラチナ色の髪の毛が、紫のタータンチェック柄に染められている。どうやったんだいったい。悪巧みしているハスキー犬のような隈取りメイク。頬から首筋にかけて、梵字のようにも見える謎の文様の赤紫色の刺青が入っている。装飾過多の妖艶な黒いドレス、太もものガーターベルトは丸見え。明らかにヤバい人かお祭り関係の人、というよりこの世界のことだから吸血のセクシー怪物かもしれない。傲然ごうぜんと周囲を睥睨していた。


「ガスコイン総統、ギン・ヴェルナツキー・アッティラです。ザンジバル島の被災については、なす術もありませんでした。調査の許可をいただきましたこと、改めてお礼申し上げます」


 ギンがそのずんぐりの総統とやらに丁寧な挨拶をする。


「ネコマタ族の女性は代々アッティラ家の衛士を依頼しております、イワシ家のチンチラ。こちらの少年は助手として、調査の手伝いに参加してもらった親戚のレンジ・クロバネです」


 レンジとチンチラは、とりあえず俺が喋るからおまえらは喋るな、とギンに言われている。総統には大人しく目礼だけを送った。


「調査にあたっての実際の手筈は彼女が仕切ってくれた」


 ガスコイン総統の言葉を受けて、高下駄で危なげなく前に歩み出る派手悪魔女王。威風あたりを払う。レンジとチンチラは思わず直立不動になった。


「アカネマル・キントキです。カンナビ連邦の与党幹事長を努めています」


 驚きだ、お祭り関係の人ではなかった。ギンにというよりも初対面のレンジとチンチラに挨拶してくれたようだ。つやめいた声には意外な親しみが込められていた。レンジにじっと目を合わせたまま口元に不敵な笑みを湛えている。


 なんで俺を見てる? やばい、危険、毒という言葉が浮かぶ。


 自分の存在が忘れられたとでも思ったのか、しゃしゃり出る感じてガスコインが間に入る。


「ゆっくり調査の報告を受けるところが、このような簡易な形になってしまってご容赦願いたい。早速だが、ドラゴンの宝珠は見つからなかったのですか?」


「残念ながら見つかりませんでした。オーパーツはいくつか。ただ、生きているものは見つかりませんでした」


「このような状況でなければ、アレクサンドリアではなく我が国の機関で研究していただきたかった」


 ギンの口頭報告が続く。すぐに退屈したチンチラがレンジの腿に尻尾でちょっかいを出してくる。レンジが素早く尻尾を捕まえようとするとさっと引っ込めてはニヤニヤしている。


 レンジはアカネマルの視線を感じながらも、会話からザンジバル島の被災状況や連邦の動揺をおぼろげながらも汲み取ることができた。大きな古都がまるごと吹き飛ばされた。カンナビ連邦という行政地域はいまその混乱の只中にある。

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