第6話 おにーさんに手を出すのは私を通してからですっ!

「ま、君はそこまで心配する必要はないよ。彼女が来たらその時はその時だし、ブレーキがぶっ壊れてるだけで悪人じゃない。むしろいい先輩だと思うよ」


「まあそうですね。私の恋人へのブレーキが壊れているだけで、彼女自身は悪人でもなければ実力と人格が備わった素晴らしい人物だと思いますわ」


「は、はあ……そうなんですね。と、そろそろ通学の準備をしませんか?」


 朝から早速疲れた気がするけど、そういえばまだ通学前かこれ。


 朝食の片付けを早々に済ませて、僕らは通学の準備を整える。僕の洗面台にさりげなく歯ブラシが一本から三本に増えてたことは突っ込まないぞ……!


 そんなこんながありながらも僕らは通学を開始する。寮から学園まではすぐなんだけど、魔法学園は馬鹿でかい。教室までが長いのだ。


「こうしておに……センパイと通学っていいですよね楽しいですっ!」


「ふふふ、通学デート。これこそが恋人同士のあるべき姿。私に必要だったのは多少の強引さでしたか」


 二人とも頬が緩んで変な顔になってますよ?


 僕への心労はとてつもないが、まあこの二人が喜んでいるならそれはそれでありな気がしてきた。


 でもクラリアさん、貴女結構強引ですよ? これ以上強引さを増されると胃が爆発四散してしまうのでやめてください。


「おい聞いたか? 今、魔物が学園内彷徨いているらしいぜ」


「朝から怖え〜〜。遭遇しないといいな」



「よくよく考えると朝から魔物が出没する学園って結構危ないですよね」


「若干日常になりつつあるのがね……。まあ大した魔物も出てきてないでしょ……」


 道ゆく生徒がそんな会話をしているのを聞きつつ、僕とアリスはそう話す。


 魔物が出てくる学園って……やばいなここ。訓練用に飼われている魔物が逃げ出すことはないが、個人で管理している魔物が逃げ出したり、マジで外から入り込んだりするのがこの学園だ。


 ただ、並の魔物なら普通科の生徒でも倒せるし、魔物がいることに慣れてしまえばすごい危険とか感じたことはない。


「貴族たるもの魔物には負けるな。魔物や外敵を倒すのが貴族の務めってお父様はよく言っていました。私もそんな風にならなくては……!」


「立派な父親だね。今やそう考える貴族は少数派だと言うのに」


「あら、私の家もそちら側ですよアルト君。ですからどうです? バートリー家」


「今やおにーさんはランカスター家の一員ですよ。おにーさんに手を出すのは私を通してからですっ!」


 アリスが僕の腕をぐいっと掴みながら、自分の方に引き寄せる。変なライバル意識を高めないでくださいアリスさん。そこにいる人、中々に面倒なんですよ。


「あら、まだまだ付き合いが短い後輩が何か言ってますね。ふふっ、アルト君のことを一番よく知っているのは私なんですよ。私……アルト君の恋人なので」


 クラリアがアリスとは反対側の腕を掴んでこちら側に引き寄せる。まさしく両手に華、けど僕の間で飛び散るのは火花!


『グルオオオオオ!!!』


 そんなことをしているとだ。魔物の叫び声が聞こえてくる。校舎に向かう大通り。そこに体長五メートルはあるであろう巨大な魔物がいた。


 様々な動物の要素を掛け合わされて作られた魔物。キメラ……だっけ? もしかしたら研究科の魔物が逃げ出して来たのか?


 いや、それよりもこのサイズは中々に危険だ。一目でわかる。内蔵されている魔力量も尋常じゃない。たまに見るキメラとは一線を画しているほどだ。


「研究科のペットが逃げ出して来たみたいですね。ではここは私が」


「いいえクラリア先輩、ここは私に任せてください。義妹としておにーさんの道を開けるのは当然のことですので」


「その役割は恋人の役割です。それに貴女は一年。実戦経験が薄い後輩にあんな危険な魔物の相手なんて……ねえ? アルト君」


 僕の腕を掴んでいた二人がいつの間にか離れて、互いに火花を散らしながら前に進んでいく。


 この二人なら問題ないとは思うけど、流石に念の為にだ。大衆の面前もあるけど、一瞬なら僕がどんな魔法を使ったのか分からないだろう。


 女の子に相手させるには大きすぎる相手だし、ここは僕の魔法で……。


「まあまあ恋人だろうとも、義妹だろうとも、こういうのは恋人であり、お兄ちゃんの役目だろう? 二人は下がってて」


「もしかして……!」


「私たちの関係を認めてくれるんですね!? 長い日々でした……! これで公認カップル……!」


「いや、例え話だから例え話」


 頬を赤くしながら興奮する二人を見つつ、僕は彼女らの前に出る。


 人前で魔法を使うのは苦手だ。色んなしがらみがあるけど、一つは平民が魔法を使うこと自体、珍しいことだから。


 基本的に魔法は貴族が扱うもの。平民が出る幕ではないというのがこの帝国で、昔からある風潮。


 最近は平民も魔法を使ってもいいんじゃね? となりつつあり、実際それが形になっているけど、貴族以上の魔法を使う平民は煙たがられる傾向にある。


 この魔法学園はほとんどが貴族の令息や令嬢。僕みたいな平民は少数派だ。だから、僕が魔法を使うところを見られると、何を言われるかわかったもんじゃない。


 クラリアやアリスみたいに好意的に抱いてくれるならまだしも、嫉妬とか変な感情は生み出したくないな……。


「ただ、そうも言ってられないか」


 こう言う時は僕が出張らなくては。一瞬で消し飛ばせば、周囲の人は何が起きたのか分からないはずだ。


 僕は腕を前に突き出して詠唱を開始する……その瞬間だ。


「いえいえ、こういうのは師匠の出番ではなくて弟子の出番なのです。私にお任せを」


 背後から声が聞こえたかと思いきや、次の瞬間キメラのキィィンという甲高い音が響く。


『グ……オオ……!?』


 動きが徐々に鈍くなっていくキメラ。キメラと僕の間に一人の少女が立つ。制服が違っていなければ中等部の生徒かと見間違うような背丈。


 少女は自分の身の丈よりやや短い太刀を一振りした後、それを腰の鞘に収める。カチンと鞘と鍔が合わさった時、ずるりとキメラの身体が縦一線にズレた。


 クラリアは特進科一の腕自慢と彼女を称した。けど僕は少しだけ違う。


 腕自慢なのは確か。それに加えて彼女は恐らく、特進科最速。戦闘におけるあらゆる事象の速さで彼女の右に出るものはいないだろう。


 恐らく、速さだけでいえば僕に匹敵する。音速以上の攻撃は当たり前にこなすはずだ。


 そんな彼女は遠い異国の地。四方を海に囲まれた島国出身。その名を……。


「見てくれましたか師匠!! 師匠の魔法を再現した斬撃なのです!! これで弟子だと認めてくれますよね!?」


「……認めなくても君の場合勝手に弟子を名乗っているでしょ、サクラ」


 黒い短い髪に黒の瞳。太刀を使う特進科二年の女子生徒。


 名前をサクラ・イチジョウ。僕のことを師匠と呼び、勝手に弟子を名乗っている……僕が頭に思い浮かべる三人のうちの一人だ。

 

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