第5話 おはよーございますおにーさんっ!
爽やかな朝。窓から差し込む日光、小鳥たちのさえずり、何一つ言うことのない満点の朝。いつも通りの朝。
「おはよーございますおにーさんっ! 今日も一日元気にいきましょう!」
まさかそこに義妹もとい後輩がやってくるなんてつい先日まで思いもしなかっただろうな……。いや、マジかこの子。いつの間に鍵を作ったんだ……!
「な、なんで君がここに!? あ、おはようございます」
「もうおにーさんったら。昨日のアリスさんといい、他人行儀が過ぎますよ。私達はもう兄妹。私のことはアリスって呼んでください!」
「いやまあ、その現実を受け入れられていないというか、君みたいな可愛い子を呼び捨てで呼ぶのは少し抵抗あるというか……」
「あら、私には親しくしてくれるのにですか? それではアリスさんが少しかわいそうではありませんか?」
僕とアリス以外の人物の声……ゲェ!! クラリア!? なんでここに!?
「お、おはようクラリア。なんで君までここに……?」
「今朝方偶然にもアリスさんと会いましてね。どうやら君に会いにいく予定だと聞いたので同伴した限りです。かわいいですよね妹さん、私の妹もこんな風であったらと思うばかりです」
「クラリア先輩思ってたよりも優しかったというか、気軽に話せる人でしたので連れて来ちゃいました!」
「連れて来ちゃいましたって……。部屋には大した朝ごはん用意できるようなものはないよ」
僕は寮住まいとはいえ一人暮らし。部屋に常備している食料品は一人分しかない。急に二人も来られたところで……。
「心配しないでください。恋人たるもの、朝食は用意してあります。つい気合を入れて作り過ぎてしまったので妹さんもいかがですか?」
「え? いいんですかクラリア先輩! 先輩の手料理なんていただいてしまって……」
「ええ、全然構いませんよ。ね? アルト君」
「あーはい。だいじょうぶです。たべましょうたべましょう」
この準備の良さ。クラリア……これは昨日から計画していたな? さては昨日のことで攻め方を変えて来たのか。まさかアリスを使うとは!
「ほら、あーんしてくださいあーん。恋人からのあーんを受け取れないとかないですよね?」
「あ、おにーさんこれ美味しいですよ。あーんしてあげますね。ほらあーん」
両手に花とはよく言ったものだ。僕は朝食すら自分の自由に行かないらしい。
かわいい女子生徒にこうしてあーんを強要されているのは、側から見たら羨ましい光景だろう。僕だって見てたら爆発しろとか思う。
けど、この二人の圧が強い……! 絶対に何がなんでも僕の口に朝食をねじ込もうとするスタイル!
逃げられないと悟った僕は勘弁してそのあーんを甘んじて受けることにした。うん、美味しい。流石は貴族令嬢。料理もお手の物か。
「そういえばおにーさんはどうして魔法学園に通っているんですか?」
「うーん、将来魔法の研究をしたいからかな。魔道具製作とか、魔法の普遍化とかそういうの」
「いつ聞いても素晴らしい目標だと思いますわ。アルト君なら必ず成し遂げられる……何せ、座学の成績もトップですもんね?」
「え!? おにーさん、実戦も強いのに、座学もトップなんですか!?」
座学のトップ。これは数少ない僕の自慢だ。この学園では座学のテストは全学科共通で行われる。
クラリアが僕に決闘を仕掛けたきっかけになったのも、この座学のせいなのだが……今は関係ないだろう。
「そうですよ。私は常に辛酸を舐めさせられています。しかし、アルト君が血が滲むような努力を重ねていると思うと、私では到底太刀打ちできないのも事実と思いますね」
「クラリアの方が立派だよ。僕は平民で普通科。時間は有り余っている。けどクラリアは貴族で特進科、少ない時間で僕の後ろをついてきているんだ。時間さえあれば君がトップでもおかしくない」
「あら、アルト君からそんなことを言われるなんて嬉しいですわ。フレンチトースト食べます?」
クラリアは頬を赤く染めながらフレンチトーストを切り分けて差し出してくる。ふわふわとろとろ甘くて美味しいなこれ……。
「へえ……じゃあ今度、おにーさんに勉強教えてほしいな〜〜。ね、兄妹だからいいですよね? ついでに魔法も……」
「勉強はいいけど魔法はやめよう」
「そうですね。魔法はやめておいた方が無難ですよ。私よりもタチの悪い人が来ますので」
「ふぇ……? 勉強はおっけーで、魔法はダメなんですか?」
『ダメです』
僕とクラリアの声が重なる。というか勉強もグレーゾーンなんだよね……。
僕がいつも頭に思い浮かべる三人のうちの一人がクラリアなんだけど、クラリアでさえ僕に何か教えを乞うことは避けている。
貴族のプライドや特進科の威信とかではなくて、僕に何かの教えを乞うこと自体を禁忌としているのだ。まあ、多分僕も同じ立場ならそうする。
……というかクラリア、タチが悪い自覚あったんだ。だったらもう少し自重して欲しかった。
「そんなにすごい人がいるんですか? 私気になります」
「アリスさんは会ったことがあるはずですよ。特進科一の腕自慢。純粋な魔法使いとしての技量は私が上ですが、魔法戦において彼女の右に出るものはいません」
「そして僕を勝手に師匠と言っている人だ……。気にしなくても一緒に行動してたらそのうち会えるよ。早ければ今日とかにも」
アリスは首を傾げる。まあ当然の反応だろう。
アリスに感化されてクラリアが距離を詰めてきたんだ。恐らく、残り二人も近いうちに行動を起こすだろう。いや、もしかしたら起こしているかもしれない。
あ〜〜そう考えると胃が痛い。今日の学園生活も平和では済まなさそうだ。まあ朝からこんなんだし。
「……なんとなく予想はつきますけど、そんなにですか? 私が会った時はちょっと背が……」
「ストップ! ストップストップ!! それもダメだ! それも禁句!!」
「ええ本当にそれもダメですよ。私もわりかしちんちくりんな方ですが、彼女は一層それを気にしていますので」
慌ててアリスの手を押さえながら僕らは口を揃えていう。あ、あぶねえ〜〜。その禁句を口にされてたら今頃やばかった。
「クラリア、時間がある時でいいからアリス……さんに彼女について教えておいてくれると助かる。僕の口からじゃ教えられない」
「そうですね。私の恋人を勝手に師匠と呼ぶくらいにはやばい人と言っておきましょう。これくらいなら大丈夫です。彼女も自覚しているでしょうし」
「なんですか? なんでおにーさんが言ったらダメなんです? ここで教えてくれた方が一番早いのに」
アリスの疑問はもっともだ。しかしそれを出来ない理由がある。
何故なら僕は……。
「これくらいなら許してくれるだろう。周知の事実みたいなもんだし。僕はね、その生徒に二十四時間常に監視されているんだ。多分、この会話も全部丸聞こえ」
「……ふぇ? じょ、冗談ですよね? あ、あれですか? 魔法学園ジョーク的な……」
「ガチだよ」
「ガチです」
僕とクラリアの言葉に、アリスはただただ困惑していた。
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