第4話 今日からよろしくお願いしますねセンパ……おにーさんっ!
「——ということがあったんだ」
「それをその一言で片付けてしまうキミの胆力には驚かされるよ全く」
フリーダは手紙を手でくるくると回しながらそう言う。だって仕方ないじゃないか。日常的に婚姻届を受け取っていたらそれは慣れるよ。
ただ、予想外だったのは僕ではなくて母を攻めてきたところ。というかどこで僕の母のことを知ったんだ……。帝国の貴族なら平民のことを調べることくらい造作もないってか? ハハっ、ワロス。
「随分と思い切ったじゃないか彼女。まさか、外堀から埋めるとは。他の猪突猛進なライバルたちはさぞ悔しいだろうね。後輩に出し抜かれるなんてさ」
「これで争いが激化しないことを祈るばかりだよ……。巻き込まれるのは僕なんだから」
頭に思い浮かんだ三人の生徒。これを知ったらどうなることやら……今から考えただけでも胃が痛い。
そんなことを昼飯を食べながら話しているとだ。当然彼女がやってくる。朝から僕の度肝を抜いた噂の彼女が。自慢げな様子で。
「ふっふっふっ、どうですかセンパイ! これでセンパイへの責任ちゃんと取りましたからね! 私は決闘から逃げたんですからこれくらいやって当然なんですよ当然!!」
「なんでそんな自慢げなの? 後責任を取ったって……。こんな風に外堀から埋めてきたのは君が初めてだよ」
「強い者には従え。決闘の敗者は勝者に付き従うべし! それがこの学園の決闘におけるルールなんですよルール! センパイがど〜〜〜〜しても拒絶するから仕方なく、私がしてあげたんですよ! 勝者として誇ってくださいね!」
なんで僕に決闘を挑んで負けた人たちはこうも自信満々になるんだ。一体何が何やら……。
僕はアリスの策略によって、ランカスター家の分家となった。ほぼ養子みたいなもの。つまり僕の名前はいつの間にかアルト・ランカスターとなったわけだ。
つまり、アリスと僕は血は繋がっていないけど、兄妹という扱いになる。え? マジ? 後輩を決闘に負かしたら、義妹になるってすげえ現実なんだけど。
「私とセンパイは今日から兄妹ですよ! 私が妹で、センパイがお兄ちゃん! いや、おにーさんって言った方がいいですかね?」
小悪魔的な笑みを浮かべて僕のことをそう呼ぶアリス。お兄ちゃん……よりもおにーさん……か。この絶妙な距離感、本当の兄妹では味わえないだろう。すごく……いい。
「……い、いやいやいやいや何を考えているんだ僕は! 悪いことは言わないアリス……さん! 義妹なんていう関係性すぐに取っ払うんだ! 君は彼女らの恐ろしさを知らない!!」
「ふぇ……? 彼女ら? 一体誰のことを言っているんですか? おにーさん」
「それは君の一個上の先輩……というか、僕の同級生というか……」
僕がアリスの肩を掴んでそう言った時だ。
廊下がやけに騒がしい。後、なんか肌寒い……ってやべえ! 噂をしたらなんとやらだ!!
「これはまずいかもね。じゃあ私はトンズラするよ。彼女の相手はしたくないからね。せいぜい頑張りたまえ」
「あ、ちょっ!? ずるいよフリーダ!? 昨日あんなことを言って君は逃げるのかい!?」
フリーダは舌を少しだけ出して微笑むと風のように消えてしまう。くそぅ! 魔法を使いやがった!!
「おにーさん、一体何が起きているんですか?」
「彼女がきた!! 特進科の中でトップクラスに話聞かない人が!!」
「……ふぇ?」
バキバキと音を立てて凍りついていく周囲。生徒たちが道を開けるように左右に分かれる。床に杖を強く叩きつけながら、それはやってきた。
「ふふふ……ハハハ……随分といいご身分ですねアルト君。私が最初だと言うのに。私が一番はじめに君のことを恋人だと言ったのに、これはなんですか? 弟子と妻をこさえた次は義妹ですか? 全く……君との関係性はしっかりと周囲に分らせておく必要があったみたいですね」
「あ、あの〜〜クラリアさん? 僕も好き勝手にそういう関係を増やしているわけじゃなくてですね……」
僕が言い訳をしようとした時だ。床に強く杖を叩きつける音がした後、周囲の氷が砕けていく。
舞う氷片の中央。雪のような白い少女が立っていた。白い髪に白い瞳。日焼けを知らないような白く絹のような肌。
特進科二年首席クラリア・クラリッサ・バートリー。去年、僕に決闘を挑んでから、僕の恋人を勝手に名乗っている生徒だ。いいか、勝手にだからね。
「言い訳無用! まだ恋人としてデートも行ったことなければ、一緒にランチだって……! それだけではありません。特進科への編入を進めているというのに、君は普通科にいて……!! 私達は恋人同士なんですよ!? もっとイチャイチャすべきとは思いませんか!?」
「いや、僕はまだ恋人作った覚えない……」
「こんんんんんな可愛い生徒の感情をぐちゃぐちゃにしておいてですか!? 貴女もそう思いますよねえ? いつの間にか義妹になっていた可愛い後輩さん?」
鈴を鳴らしたかのような可憐な声で言っていることはこれ以上なく物騒だ。しかも眼光も獰猛な獣のそれ……アリスもびくりと体を震わせて僕の後ろに隠れてしまう。
「いいいいいいや、たたたた、確かに先輩の言うこともわからなくはないですけどぉ……」
「そうですよね。貴女みたいな強引さが私には足りていませんでした。全く……後輩にこうも出し抜かれるなんて、私もまだまだですね。ですから意地でも捕まえてやろうと。私の運命であり、恋人である君を何がなんでも私のモノにしようとそう思った次第です」
クラリアの感情に合わせて周囲が一層凍りつく。物理的に……。
アリスも怯えているし……仕方ない。これ以上、後輩に暴走したクラリアの姿を見せるのは毒以外の何者でもない……!
「仕方ない……! アリス……さん! そのまま僕に捕まっておいて! 魔法を使う!!」
「せ……おにーさんの魔法ですか!? 一体どんな!」
「……そんな目をキラキラさせたところで面白いものはないよ多分」
僕は手のひらを合わせて印を組む。それを見て察したのかクラリアが一層魔力を強める。
「おやおやおやおや逃しませんよ? 君への対策は百ほど組んでいるのですよ私」
「一度も止められたことないけどね……!」
「今度こそは止めて、私が唯一無二の恋人だと骨の髄まで思い知らせてあげます……わっ!」
クラリアの冷気が僕たちの身体を包もうとした瞬間だ。
僕とアリスは食堂の外。学園の中庭に瞬間移動した。
「え……? て、転移の魔法!? おにーさん、そんな高等魔法を……!?」
「ま、企業秘密っていうことで。その内教えるかもね」
間一髪……。ギリギリで内心汗だらだらだ。あと少し転移が遅れていたら、僕は氷漬けにされていただろう。
フリーダに次いで付き合いが長いだけのことはある。僕の魔法への対策うんぬんはハッタリじゃなかったのか……。
「これで分かったでしょ? 義妹を名乗ることがどんな愚かなことなのか。今日はクラリアだけだったけど、酷い時はもう二人増える」
「もう二人……でも、おにーさんがその時は助けてくれるんですよね?」
猫撫で声でそう言われると弱くなってしまう。後輩という立場をうまく使ってるな……まあ、無理矢理押しかけてくる彼女らに比べたら、アリスのやり方は極端かもしれないけどマシかもしれない。
……本当か? いつの間にか義妹になっているやり方が?
「とにかく、ほとぼりが冷めるまで変なことは言わないこと! あまり大衆の面前でおにーさんとか言わない! せめてセンパイにしなさい!」
「こうして説教されていると、本当にお兄ちゃんから説教受けているみたいで胸が熱くなりますね」
……無敵かこいつ?
まあでもすぐに力づく……ってならないあたりマシか。ちょっと可愛く思えてきたし。
「では今日からよろしくお願いしますねセンパ……おにーさんっ!」
こうしてただでさえ波瀾万丈な学園生活がさらに激化していくこととなる。
恋人、夫、師匠も凄かったけど、まさかお兄ちゃんになるとは夢にも思っていなかったなあ。
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