第3話 覚悟してくださいセンパイ!
「……といった感じに昨日一年のお姫様から決闘を申し込まれたんだ」
「キミというやつは何かと目をつけられるねえ。それで? キミの勝利を信じて疑わないが、一応聞いておくけどどっちが勝ったんだい?」
アリス・ランカスターに決闘を申し込まれた次の日。僕は同じクラスの女子生徒にそう話しながら昼休みを過ごしていた。
短く切り揃えられた茶色の髪に、緑の瞳が特徴的な女子生徒。背は高く、かなりスラリと伸びた長い足が目を惹く。名前はフリーダ・クライン。商業国家にある商家の娘で、この学園には留学という形で来ている。
彼女とは入学時からの付き合いだ。決闘に挑まれた次の日はフリーダに愚痴るのが定番になりつつある。
「あれは僕っていうことでいいのかな……。一通り魔法を打ち終わったあと、彼女は泣き出して逃げたから」
「ああ、またキミは無自覚に人の心をへし折ったんだね」
昨日の決闘を思い出す。アリスは数百を超える魔法を打ち込んだ後、涙目になりながら「うわあああああん!! センパイのバケモノオオオアアア!!!」って泣き叫びながら帰ってしまった。
これから反撃しようかなと思っていたところにこれだ。結局僕は後輩に好きなだけ一方的に魔法を叩きつけられて終わってしまった。不完全燃焼とはこのことを言うのだろう。
「しかしキミの魅力はついに後輩まで知れ渡ってしまったか。どうだい? 変な虫が寄り付く前に私で身を固めてしまうというのは。同じ普通科、付き合いが長いじゃないか。キミになら私は構わないよ」
「え……いや、そういうのはもっと互いのことを知ってからというか。まだそういう話をするには早いんじゃないかな……と」
「キミというやつは……もう。でも仕方ないね。キミに無理強いすることはできないさ。どこぞの特進科とは違ってね」
「ははは……べ、別に彼女たちも悪気あってやっているわけじゃないと思うよ?」
思い当たる生徒が一瞬にして三人も思い浮かんだけど、何かの気のせいだと思いたい。うん、きっとそうだ。
ランチタイム、それに食堂でそんな話をしているとだ。偶然というのは起こりうるのだろう。噂の人物、アリス・ランカスターが僕に近寄ってきた。
「き、昨日はどどどどうも……センパイ。きょ、今日はですねえ、こ、これを渡しに来ましたよ」
アリスは震える声と手で勲章を差し出す。その顔は真っ赤で目尻には涙が溜まっていた。
僕はその手に乗せられた勲章と彼女の顔を交互に見る。まるで僕が彼女を泣かせているみたいだ。
「あれは正式な決闘じゃないでしょ。だから君からそれを受け取る理由はないよ」
「で、ですが……! 私は逃げました。決闘から逃げたんですよ!? そんな私なんかにこの勲章を持つのは……」
「ただ君は一年生の中で一番優秀なんでしょ? だったら君が持つべきものじゃないかそれは」
といって僕はそれを突き返す。そもそもあの決闘で僕は何も賭けていない。だからそれを受け取る理由もないのだ。
「で、ですがあ……。私はセンパイにあれだけのことを言ったのに……」
「まあまあいいじゃないか。慣れっこだよああいうの。君の先輩……僕の同級生ね。そっちの方が百倍酷いからいやほんと」
「た、確かに。彼女らには常識がないのか、普通に一線を飛び越えてくるからねえ。君みたいな純粋な子は初めて見たよ」
頭に思い浮かんだ三人の生徒。一人は先輩なんだけどね。みんな彼女みたいに一方的に決闘を挑んできてはなんだか凄いことになっている。
そう考えると彼女はましだ。変な方向に舵を切らなくて本当に良かったと内心ホッとしている。
「いえ! 私は知らずとはいえ、センパイに酷いことを沢山言いました! 責任を取らせてください! 私はセンパイに貴族として果たすべき責任があるはずですっ!」
「責任責任って……。大丈夫だよ。僕はああいうのは慣れっこだし。別になんとも思っていないし……」
「私は貴族なんですぅ〜〜!! ランカスター家の一人娘なんです!! せめて貴族として最低限果たすべき責任を取らしてくださいよセンパイ!!」
彼女は昨日の発言に対して責任感を感じているらしいけど、かと言ってもなあ……。彼女に責任を取れ!とかそういうことを言うのは気が引けるというか……。
「フリーダ、どうするべきだと思う?」
「うん、まあ、適当なところで手を打たないとまずいんじゃないかなあ。私の想像が正しければ、彼女後少しでギャン泣きするよきっと」
確かにフリーダの言う通り、目に溜めている涙の量が増えている。これはいつギャン泣きしてもおかしくない。
いや、貴族の令嬢が人目のつくところでそんなことをするか……? いや、彼女ならやりかねない。今のやり取りで既にもう貴族としての風格は危ない……ここは彼女の名誉のためにも、適当なところで折れておく方が。
「分かりましたっ! センパイがどうしても私に求めることがないというなら、私にも考えがあります! 覚悟してくださいセンパイ!!」
と言って彼女——アリスはずかずかと立ち去っていく。嵐のようにきて嵐のように去っていったな彼女。そしてなんか凄く嫌な予感がするのは気のせいではないはずだ。
「ねえ、フリーダ」
「どうしたんだい?」
「凄く嫌な予感がするんだけど気のせいじゃないよね?」
「奇遇だね。私は凄く愉快なことになりそうな予感がしているよ。これまでと同じか、それ以上にやばいんじゃないかな」
こ、こいつ……! 人の不幸だと思って……!!
そんな会話から数日後。僕の元に一通の手紙が届く。その手紙を見た時、僕は膝から崩れ落ちた。
『なんやかんやあって、ランカスター家の分家になりました。アリスちゃんと仲良くね——母より』
「……なんやかんやって、なに?」
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