第7話 為政者の憂鬱

帝国暦1225年11月3日 アスティーカ帝国 帝都テオティワカン


 アスティーカ帝国を一言で表すと、『中南米の大国』というイメージが多くの日本人から出てくるが、そのイメージを築き上げていたのが、帝都の街並みであった。


 白い漆喰に覆われた壁と屋根が印象的な建築物群が大通りに面し、多くの自動車や市民が行き交うその光景は、もしアステカ文明の大都テオティワカンが、スペインの征服者コンキスタドールに破壊されずに現代まで残っていたらどうなっていたかを想像させた。


 その大都市の中央、巨大なピラミッドを囲む様に築かれた行政区画の一つ、帝国皇帝宮殿にて、帝国皇帝アツコアトル2世は行政院の閣僚を集めて帝前会議を開いていた。


「さて、これからの我が国の政治方針について、忌憚なき意見を求める」


 18歳で即位する事在位20年を迎える皇帝の問いに対し、宰相は水晶製の魔導タブレット端末を手に説明を始める。


「まずニホン国との関係ですが、敵対よりも融和を根幹に置く事を進言致します。彼の国はカリビアを一蹴する程の軍事力を持ち、下手に戦争を仕掛けて、割に合わぬ損害を負うべきではないと存じます。そしてこれは、西の国々との戦争も見据えての方針であります」


 アスティーカの科学技術水準は、昭和中期のそれに近しい。軍事力にその特徴が表れており、例えば帝都を守る帝衛兵師団は、61式戦車に酷似した〈オセロメ〉中戦車と、M113装甲兵員輸送車に酷似した〈アホロトル〉装甲車を保有しており、歩兵装備もM1ガーランド半自動小銃に酷似したライフル銃となっている。


 上空に目を向ければ、F-86〈セイバー〉ジェット戦闘機に酷似した〈ククルカン〉主力戦闘機が哨戒飛行を行っており、帝国臣民の多くは自国の高い軍事力が、このアスティーカに平穏をもたらしてくれていると確信していた。


 だが、新たに現れたニホン国の軍事力は、自分達のそれを凌駕する。まず誘導兵器について、自分達は無線指令誘導式の飛行爆弾や赤外線追尾式の空対空ミサイルを有するのに対し、ニホン国の場合はより発展した対艦ミサイルや、様々な誘導方式を採用した対空ミサイル、水中の潜水艦に対して攻撃する対潜ミサイルを保有している。


 そしてそれらを扱う兵器も高性能であった。レーダーからの探知を防ぐ能力を持つジェット戦闘機に、それや回転翼機を複数機搭載・運用する事が出来る航空母艦、各種対空ミサイルと大型の高性能レーダーにより高い艦隊防空能力を持つミサイル巡洋艦は、当然ながら帝国軍上層部に強い危機感を抱かせた。


 また、日本側も自分達の能力を正確に把握してもらう必要性を理解しているからか、陸上戦力や航空戦力についても敢えて知られる様にしていた。それによって帝国軍の対日侵攻派に対し、カリビアを攻め落としたのはまぐれではない事を覚えさせ、そして下手に戦端を切れば、致命的な結末を迎えるのだと理解させていた。


「さて、現在の軍の状況はどうかね?」


 アツコアトルの質問に答えたのは、帝国軍の政治に関わる軍務大臣であった。


「はっ…現在我が国は、ニホン国との貿易において、より優れた電子技術の幾つかを得られる様になっております。冶金技術につきましても同様です。ですので現在、造兵廠及び海軍工廠、航空技術廠の近代化を進めつつ、ニホン側からの指導を受けながら軍の装備更新と改修を実施しております」


 例えば、NATO規格の銃弾を使用する事の出来る小火器の開発と製造。〈ククルカン〉戦闘機に対するレーダー改修及び空対空ミサイルの性能向上を目的とした改良。日本製の航海用レーダーの導入とそれの解析による艦船の電子機器改良。如何に大陸最大の大国と言えども一朝一夕で技術発展を進める事など出来ない事を理解していた。


「ともあれ、『西』の国々は常に侵攻の気運を見せている。それらに備えるためにも、軍の近代化は着実に進めていかねばならぬ」


 若き皇帝の言葉に、一同は頷いた。


・・・


日本国東京都 首相官邸


「現在、我が国はカリビア諸島の資源及び現地の市場を用いて、致命的な被害を被った我が国の経済を再建している最中でありますが、問題はまだ山積しております」


 官邸の会議室にて、官房長官がそう述べ、川田首相は尋ねる。


「新たな問題でも、あるのですか?」


「は…反日感情は今のところ、政治改革の指導と経済再建政策によって少なく抑えられていますが、それ以上にアスティーカ以西の国・地域が我が国に対して圧力を強め始めているのが気がかりです」


 アスティーカの外交官曰く、大陸以西のイスパノーラ大陸とその周辺地域にある国々は、宗教面でのアスティーカとの対立が根深く、そこに経済面での問題も重なれば如何程にややこしい問題となっているのかは想像がつく。


「そして軍事力ですが、アスティーカに対してある程度の優位性を持つとの事です。アスティーカが誘導兵器を実用化している事も踏まえれば、核兵器を保有している可能性を有しておく事が必要でしょう」


「分かりました。くれぐれも慎重に接触を頼みます。今の我が国には新たな敵を作る余裕はありませんから」

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生存独立戦争 広瀬妟子 @hm80

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