第5話 国として生き延びるために

西暦2025(令和7)年10月15日 日本国東京都


 天変地異から2か月が経ったこの日、東京の中心部、議員の多くが姿を消した国会議事堂にて、幾つかの法案が可決された。


 後に『転移』と称される事になる異常現象の直後に巻き起こった混乱は、日本の政治及び経済、そして安全保障に致命的な傷を負わせていた。900兆円近くもの海外資産を失い、これからの主要産業となる筈だった観光業は、収入源たる観光客の消失によって壊滅。安価な労働力として待遇が軽んじられてきた外国人の技能実習生やら難民申請者は治安悪化の要因となり果て、政府は今更ながら国民と社会の成熟を待たずにグローバル化を強行しようとした事を悔いる事となった。


 実際にその醜態を目の当たりにし、同時に価値を失いつつある利権にしがみ付き続けようとした者達を無様だと見捨てていた塩沢は、特命担当大臣としての用いる事が出来る権限で、国家の病巣たる存在の排除と、現時点での問題の解決に乗り出した。


 最初に通過されたのは『国家治安維持法』であり、同時に警察法の改正も実施。都道府県単位で分裂していた警察は、幾多もの不祥事に対する責任を負う形で解体された警察庁をベースに保安省へと統合。国家警察として再出発を計る事となった。


 続いて、瀕死になりつつある経済の再建が始められた。国家存亡の運命がかかる現在において、男女共同参画やらグローバル化やらに多額の予算をかける余裕もなく、即座に兆単位の予算が製造業及び農林水産業、そして畜産業に投じられる事となった。社会保障費に関しても、政府は労働力としての価値が無いか低い高齢者を敢えて見捨て、今最も必要な年齢世代に対して集中的に投下する政策を取る事となった。


 これらの政策に対して、以前の利権を利用して影響力を発揮し続けていた者達は批判を行ったが、それらは直ぐに消えた。自分達の都合のいい理想は、現実の壁を貫ける程の効力を失っていたのだ。同時に塩沢は、左派勢力の中でも厄介な者達の合法的な排除に取り組んだ。


 彼らを陰から支えていたであろう中国はもう無く、ロシアもサハリン州のみとなり、地球より関係のある国家・地域として影響力が残るのはアメリカと台湾だけ。ただ声が大きいだけの運動家など、塩沢の事実上の私兵となっている保安省の実働部隊、特殊強襲部隊SATや国家公安委員会の精鋭で構成された特殊保安隊の敵ではなかった。


 さて、最も治安に関わるであろう者達を、交通に不便な場所へ監視をつけて閉じ込めるとともに、資源の確保に乗り出した。まずカリビア王国に設けられた高等弁務官事務所は、彼の国から多量の小麦と石油、そして少ないながらもある程度の金属資源を賠償として獲得すると、自国そのものの資源の再開発と、サハリンからの石油・天然ガスの輸入再開で乗り切ろうと画策した。


「さて、これで国家としての延命は達成できる。だが、問題の数を僅かに減らしただけに過ぎない」


 合同庁舎の一室にて、塩沢はそう呟きながら、チコリとタンポポの根を用いて作られた代用コーヒーをすする。今最も深刻な問題を対処し、見知らぬ世界にて生き延びる算段を付ける事が出来たとはいえ、それがただの延命措置である事は、現実を目の当たりにしている政治家達の共通認識であった。


 今必要なのはいち国家を年単位で安定化しうるだけの方策。強硬策を多用する事になろうと、政治家を自由に批判出来る社会が数十年も先まで残る様に努力せねばならない。目前の問題と、長年の課題を同時にこなす事こそが、今の日本の政治家の命題と言えた。


 この数日後、カリビア王国に対する産業復興・振興政策が議決され、同時に日本本土内の過疎化地域に対する再建政策も可決。衰退しつつあった自国の生産業並びに農林水産業の立て直しが進展する事となった。

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