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 音は、あちらこちらから、した。

 前方からはお囃子の浮足立つような和楽器の音が。

 左右からは様々な出店の宣伝文句を繰り返す声が。ここでしか食べられないたこ焼き、出来立ての焼きトウモロコシ、甘くておいしいりんご飴、祭り気分の上がるお面……。

 背後から子どものはしゃぐような声が近づいてきて、横を通り過ぎ、私を追い抜いて行く。

 いずれも、声や音、気配だけが神社の敷地を満たしていた。

 

 寂れた神社以外の何も見えなかった。

 音だけ聞けば、明らかにここで祭りが催されているはずなのに。

 四方八方から人の声や気配がする。音源が一つしかない動画などの音ではない。

 私は視覚と聴覚のギャップに酔ってしまいそうだった。

 目を瞑れば、かえって周囲の様子が鮮明に見えてくる。音に引っ張られて、周囲の様子が脳内で補完され、こぢんまりとしながらも活気と賑わいに満ちた祭りの風景が浮かぶ。

 にいちゃん、一つどうだい?

 威勢のいい声に振り向くと、イカ焼きをこちらに掲げる売り子の男が笑顔を向けてくる。海鮮と醤油の焼けるなんとも魅力的な匂いがして、口内に唾液がにじんだ。

 その隣には金魚すくいの屋台があり、子どもたちがやいのやいのと言いながらポイを握り、さらにその隣には安っぽいお面がずらりと並び……。

 ここだ、と私は思った。

 ここが私の帰りたかった場所だ。


 幼少の頃、私には友だちと呼べる相手も、勝手の知った馴染んだ土地も無かった。

 親の都合であちこちを転々としていて、少し話せる相手が出来、通学路以外の道をおぼろげに覚えたころにはその土地を去る、といったことを繰り返していた。

 羨ましかった。

 土地に馴染んだ者同士の気の置けない仲や、地域の催しを慣れた様子で楽しむことのできる子らが。

 

 目を瞑ったまま、私は祭りを堪能した。

 目の裏では子どもがはしゃぎ、大人も日ごろの鬱憤を晴らすかのごとく騒ぎ、出店は充実して目を楽しませ、そこへお囃子が気分をさらに高揚させ、そして皆一様に私へ親しみのこもった笑顔を向けている。

 せっかくの祭りなんだ、誰もかれも楽しまなきゃ損だろ。

 一度に大量のお好み焼きを鉄板に並べて調理する売り子が、豪快に笑った。大量の煙に、ソースの焼ける匂い。お腹が鳴る。


 私はいつも祭りに参加している人たちを羨んでいるばかりで、祭りに参加したことは無かった。共に祭りに行くような友だちもおらず、一人でぶらつくには心細いし勝手がわからない。

 あの時の悲しみとも諦めともつかない感情を発散するように、私は心からこの祭りを楽しんでいた。目を瞑ると見える祭りという奇妙な状況を、なぜかすっかり受け入れていたのだ。


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