2nd inter.中野と神田②
「お待たせしちゃったみたいね」
「いや、そんなことないさ。今来たばかりだよ」
デート開始のマニュアルがあれば、きっとこのように書かれているだろう。
奇しくも二人して基本的な対応をしているのは、似たような経験値だからかもしれない。
「優等生な回答ね」
「学年5位の男ですから」
あくまで穏やかに。
街の人々がデートをするならこうだろうという対応をしているのだが、すぐにメッキが剥がれる。
「なんか憎たらしい。帰りたくなってきた」
本気かどうか分からないが、踵を返し帰るそぶりを見せる神田千代。
焦る中野は慌ててフォローするが、帰ろうとする彼女の腕を掴むことはない。
これが今の彼らの距離なのだろう。
中野は何とか言葉で引き止めを図る。
「ちょっ! 冗談だって。それに神田も8位だったし悪くないじゃん」
「本当ならもっと上に行けたのよ! 前半は勉強に身が入らなくて、後半で何とか巻き返したんだから」
「あー、理由は何となくわかる気がするよ。俺も同じだったし」
二人とも同じように、ああだこうだと悩み、相手の反応を探っていたのだから、テスト勉強に身が入るわけもない。むしろ、現状維持出来ただけで彼らが優秀なことが分かる。
「じゃあ何であんなタイミングで誘ってくるのよ!」
至極最もな指摘。
相手の事情を考慮して、タイミングを図る。そんな恋愛上級者はここには居ない。だからこそ、あのタイミング。それを責めるのは酷のようにも思う。
「仕方ないだろ! そん時はそうしたかったんだよ」
ただ、中野もそれを気にしていたようで、売り言葉に買い言葉のように反論してしまった。
もちろん、そんな言葉を投げかけられて喜ぶ人はいない。
神田からは、先ほどまでの気恥ずかしさから発していたじゃれ合いの雰囲気は霧散する。代わりに若干の怒気が滲み出る。
「仕方ないって何よ! それにその時はって今は違うって事じゃない!」
「さすがにあのタイミングじゃ迷惑だったなって後悔したって話だよ。誘ったことは後悔してないって」
少し怒ってみせたものの、中野がそんな人物だとは思っていない神田はすぐに矛を収めた。
「ふーん、それなら良いけど」
「せっかくだから楽しくやろうぜ。緊張するのは分かるからさ。俺も女子と二人で出かけるのって初めてだし」
「べ、別に私は初めてじゃないけどね」
「へ~。ま、神田みたいなキレイどころならそれも当然か」
「そこは納得しないでよ! あんただって強がりで言ってるのは分かってるでしょ!」
彼女の言う通り、彼女の状況を見れば経験豊富で場慣れしているとは思えない。
普段は鈍い野田拓人ですら、それに気が付けるほどに。
目敏い中野なら分からないはずも無かった。
「いや、なんつうかプライド?みたいなもんだったら否定したら悪いかなって」
「う~……。そんなんじゃないわ」
「俺が言っても説得力ないけど、あんまり緊張すんなって。ここには俺くらいしかいないんだから」
「だから緊張するんじゃない」
「それもそうだ。おっと、そろそろ映画が始まる時間が迫ってんな。移動だけしちゃおうぜ」
※
映画が終わり、次はランチだと連れてこられた店で、神田千代はメニューを睨んでいた。親友の伏見紬は、本能のままに食べたいものを選ぶ。しかし、神田はそうもいかない。状況や周囲の反応を気にしてしまう。
付き合っている訳ではないが、デートではあるはず。そういう思いから、ドカ喰いなんてもってのほか。そもそも異性を意識しだすと食欲が湧きにくい質らしく、軽食メニューばかり見ている。
やっと決まったとばかりに視線を上げれば、中野と目が合う。
勝気そうな目は、その見た目に反して、すぐに逸らされた。
「頼むもんは決まったか?」
「……うん」
「じゃあ、店員さんを呼ぶな」
呼び出された店員に手早く注文を告げる中野。
「神田は?」
「クラブハウスサンドとアイスティー……をお願いします」
消え入りそうな声で注文を告げるが、最後は目の前の中野がやっと聞き取れる程度だった。
今までの二人からすると静かなランチが進み、コーヒーを飲みながら中野が話し始めた。
「恋愛映画ってあまり観てこなかったけど、良いもんだな」
「へっ⁈ ああ! 映画ね! うん、良い映画だった」
「原作の小説は読んでたんだけどさ。実写化になるって聞いて気になってたんだ。結構、行間を読ませる作風だったから、映像化したらどうなるんだろうって」
「幼馴染で高校で再会。小さい頃の記憶があって、大人になった幼馴染に戸惑って。ハッキリ言えない気持ちが良く出ていて面白かったわ」
「何度、面倒くさがらずに言葉で伝えろって思ったことか。ハッキリ言えば、二人の仲はすんなり進展するのによ」
「言ってしまえば取り返せないもの。せっかく再会できて仲良くなれたのに」
「それはそうなんだけどな。どっちも好きあってるんなら早くくっつけって思っちまったよ」
「案外、当人同士は気が付かないものかもしれないわね」
「野田と伏見みたいにか?」
「あの二人も近いかもね。でも野田は紬のこと好きなの? そんな感じはないけど」
「まだ本人は自覚してないんじゃねえかな。明らかに意識してるけど」
「紬も感覚的に好いてる感じはあるわね。こっちも自覚してないでしょうけど」
「二人にはまだ早いってか」
「そんなとこかな。要はタイミングが大事ってこと」
「俺は付き合いたいぜ? 神田と。出来たら千代って呼びたいし、またデートしたい」
「なっ⁉︎ だからタイミング! 絶対今のタイミングじゃなかったでしょ!」
「いや、こうやって人の心配をする前に自分のことかなと思いまして。ダメか?」
「ダメに決まってるでしょ! もっと雰囲気作って心の準備させてよ!」
「そうじゃなくて、付き合う方」
「…………それは……、ダメ……じゃないけど」
「マジか! じゃあ千代って読んでーー」
「それはダメ!」
「なんだよー。付き合うなら下の名前で呼ぶのは普通だろ」
「それでも嫌なの!」
「じゃあ、ちっち? ちぃ? ちーちゃん?」
「そんな小さな子を呼ぶみたいな呼名はやめて! そっちの方が恥ずかしいわよ!」
「他にないんだから仕方ねえだろ? 諦めて千代って呼ばせてくれよ」
「……ひ、人のいない所なら、良い……かな」
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