間奏
1st inter. 中野と神田①
野田の家での勉強会があった日の夜。
中野は、ああでもない、こうでもないとスマホとにらめっこしていた。
何度となく、文字を入力しては消し、入力しては消しを繰り返している。
最終的には、とてもシンプルな内容で落ち着いたようだ。
数日前のトーク履歴。
何気ない確認事項で終わっていた会話に、中野から新たなメッセージが打ち込まれた。
『俺、神田さんを遊びに誘っても良いか?』
『なんで僕に聞くの?』
散々に悩んでいた中野に対して、素っ気ないくらいの回答。
中野はそれを見て、フフッと笑い、ベッドに倒れ込む。
彼の友人は、中野があれこれと悩んでいたことなど考えも付かないようだ。
そのため、中野は誤解が無いように丁寧に返事を返した。一応、センシティブな部分は軽く濁して。
『なんでって。お前も気になってただろ? 神田さんのこと。今はまあ、アレみたいだけど』
『アレ? 最後のはわからないけど、僕に許可なんて取らなくて良いよ』
『そうか。野田ならそう言うと思ったけどな。一応、仁義を切っておこうと思ってさ』
『気を使い過ぎだよ。えーと、頑張れで良いのかな? 応援してる』
普段は人に興味がないくせに。そう、つぶやいた彼は嬉しそうだ。
『おう! 頑張ってくるわ。ありがとな』
彼が気になっていた友人との兼ね合いはクリア出来た。
彼にとって、その回答は想定内であったようだが、彼なりのこだわりで野田に確認を取ったようだ。
話が済んだため、画面を切り替え、猫が可愛らしいアイコンをタップする。
中野は仁義を切るだけのつもりだったのだろうが、野田から勇気をもらえたらしい。
最後の難関である神田千代に送るメッセージを打つ手に淀みはない。
『勉強会お疲れ様。良かったら、今度二人で遊びに行かないか?』
シンプルで彼らしいと言えば彼らしいのだろう。
今までグループで遊んでばかりいた四人組なのに、前触れもない突然のお誘い。
それを表すかのように、トーク履歴には五月の発表会でやりとりしていた待ち合わせの会話しかない。
『えっ? 急に何? いたずら?』
『いやいや、真面目な話』
『あんたが真面目な話する時は、大抵冗談ばかりじゃない』
『それはそうなんだけど、わざわざこのタイミングではしないって』
『それはそれで問題なんだけど……。ちょっと考えさせて』
『りょうかい。じゃあ、返事待ってるわ』
ぶはー、と盛大なため息。
文面では何気ない態度を崩していないが、当の本人との落差は激しい。
この必死さが相手に見えれば、反応は違ったかもしれない。
しかし、当然に見える訳もなく、意中の相手からは良いとも悪いとも言えない答え。結論は先送りとなった。
※
時期が悪かった。
中野は何度となく、そうつぶやいていた。
期末テストはこれから。夏休みまでは数週間ある。
ダメならダメで、いつもの友達のように振舞えるが、良いも悪いも無く保留では、どういう態度をとって良いか分からないのだろう。
保留ならば、最終的にOKということも考えられる。
その余地が残っている分、二人の会話はぎくしゃくする。
中野は自分が上手く話せていないと思っているようだが、傍から見れば神田もぎこちない。
それはそれで結果を物語っているように思えるのだが、彼女の口からそれが告げられることはない。
彼女からは、シンプルに期末テストが終わったら返事するとだけメッセージで告げられていた。
テストに集中したいからという理由を添えて。
そうは言っても、自宅での彼女の行動は乙女だった。
何度も中野からのお誘いの文面を眺めてはニマニマしてみたり、親友の伏見紬とどうしたら良いかと通話してみたり。本人の中では結論が出ているようだが、踏ん切りがつかないらしく、親友との会話はいつも同じところに落ち着く。
「とにかくさ、一度遊びに行ってみるしかないよ。情報が少なすぎて判断できないなら、なおさらでしょ?」
「うん。それはそうなんだけど……。でも……、そうだよね。それしかないよね」
この時ばかりは、いつもの姉妹の関係性は逆転して姉のように諭す伏見。
背中を押してもらうように従う神田。
神田千代は不安になると、このように親友に電話をして勇気をもらっているらしい。
結局のところ、テストに集中したいという願いは叶う訳もなく、頭の中は中野のことで占められているようだった。そのおかげで勉強は手についていない。
今も、電話が終わったにも関わらず、ペンを握らずにスマホを眺めている。
「是非も無し。どうせ答えを出すなら、一度行ってみるしかないんだし。それにテストに集中するには先延ばしは良くない。うん、そうだ」
テストに集中するため。
それが答えを先延ばしにする免罪符となり、早く答えを伝える免罪符にもなる。
彼女はこれまで悩んだ時間と反比例するように、スルスルとシンプルな文章を打ち込み、送信した。
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