第四章 ほろ苦い秋
苦味には変わりない
36th Mov. 癖と名前
世の中に体育祭などという文化が出来たのはなぜだろうか。
親が子供の成長を見るため? 座学で活躍できない子供のため?
勉強も運動もどっちつかずで、どちらも得意ではない僕からすると、わざわざ外に繰り出して、一日中身体を動かすことは好きではなかった。
それが不思議なもので、仲の良いクラスメイトが出来るとなると話は一変する。特に中野や神田さんはクラスの中でも人気者で顔が広い。必然、彼らと一緒に行動する僕もクラスメイトに詳しくなってくる。
そうなると、見知らぬ人が徒競走をしているなんて思うことも無く、顔見知りのクラスメイトが頑張って走っていると思えてくるのだ。
知り合いが頑張っているとなれば、応援したくなるのが人情なんだと思う。
あと少しで追い抜かせそうになれば、手に力が入るし、クラスの順位が上がればみんなと喜べる。なってみれば、ごく当たり前のことのように思えるけど、中学生の僕はそうではなかった。
中学生特有の時代で斜に構えていただけなのか、仲の良い友人が出来たからなのか。
初めての経験に僕は答えを出せなかった。
※
「千代ちゃん! いけ~‼」
彼女のみに許された特権。その呼び名を大声で叫ぶ。
前方のトラックでは、クラスメイトどころか、違うクラスの男子や女子にまで声援を投げかけられている神田さんが駆けていた。クラス選抜リレーの走者として。
スラリと伸びた長い脚をフル回転させて、後続をグングンと引き離す。僕のクラスは今のところ二番手。神田さんは、すごい勢いで独走を続けている別クラスのランナーを追いかけている。ただ、このままのペースでいっても、追い抜くのは難しいかもしれない。
それくらいに先頭を走るランナーとの距離は離れていた。
中学生の僕だったら、勝てないのだから一生懸命に走るのが恥ずかしくて、手を抜いていたと思う。
それでも神田さんは諦めない。
いや、神田さんは僕みたいな人じゃないから、そもそも諦めたりしないのかもしれないけど。
そうでなくても諦めない理由はちゃんとある。
なぜならアンカーはあいつだから。
何でも出来て、頼りになる親友。そして神田さんの彼氏。
あいつなら何とかしてくれる。
きっとクラスメイト全員の共通認識でもある。
神田さんは二番手であいつにバトンを渡す。
その時、何か言っていたように思う。
あいつは不敵に笑って駆け出した。
人には生まれ持った星回りがあるんだろうな。
そう思わずにはいられない展開。
アンカーの中野は、唯一前を走るランナーを最終コーナーで抜き去り、歓声が沸く中でゴールテープを切った。
人差し指で空を指して、勝利の証を見せるように破顔する。
その笑顔は一緒にリレーを走ったクラスメイトに向けていたが、僕には神田さんへ笑いかけているいつもの笑顔のように思えた。
※
「
「何で敬語?」
全てのテストの結果が返された放課後。
今日は伏見さんと二人で帰っていた。
彼女はすまし顔で、既に知っているはずのテストの結果について質問をしてきた。
「いえ、なんとなく。聞くのも畏れ多い成績を収められているようでしたので」
「それは伏見さんと夏休みの間、しっかり勉強していたからだよ」
夏休み中、僕らは課題を終わらせるために図書館で勉強してきた。
僕の場合は早々に宿題を終わらせてしまったので、授業の予習復習に取り掛かっていたので、二学期のテストは相当良い出来だった。
これなら、母さんたちも安心するだろう。
最近、ミニ発表会にむけてピアノに集中していたから、学業が疎かになっていないか心配していた気配がある。
「なのに私は成績上がらなかったけどね!」
「それは夏休み終盤まで宿題が終わらなかったからでしょ?」
対して、彼女は思うように課題が捗らず、夏休みの終わり目前までやっていた。
そのせいで、予習復習の時間は取れず、テストの出来は今まで通りという結果に。
もともと、彼女は進学しないことを決めたこともあり、あまり勉強に気持ちが入っていなかったようだし、レッスンの内容を考えたり、教え方の工夫のためにピアノ関連の書籍を読んでいることも多かったので仕方ない。むしろ、それでも成績を落とさなかったことに驚く。
結先生からの裏情報では、進学しないからと言って学業を疎かにしてはいけないと厳命したらしい。状況は違っても親というのは同じことを言うようだ。
「おかしい……。なんで私だけ……」
「……勉強中に僕も伏見さんと少しお話したくなっちゃったから……かな」
ピアノ関連の勉強ばかりしていたからでは? とは言えず、僕が少しだけ悪者になってみる。
「……少しだけ?」
いくらかの譲歩は許されず、ご不満の様子。
むくれるのではなく、悲しそうにするのはズルい。
「いや、結構……かも」
「なら許してつかわそう。でも、二回も伏見さんって言った」
僕の返答に満足そうにするも、すぐに顔を曇らせる伏見さん。
いや、
あの日以降、名前で呼び合うようになったのだけれども、照れくさくて、つい呼び慣れた名字の方で呼んでしまう。
「ごめん、つい癖で」
「お母さんには結先生って名前で呼んでいるのになぁ。私には名字のままなんて。あーあ、悲しいなぁ。悲しすぎて、お腹がすいてきちゃったなぁ」
「ご飯を食べに行きましょう。今日はどんな肉料理が良いですか?」
「うむ、くるしゅうない。食べ放題で手を打ってやろうぞ」
いつも彼女は優しいが、お財布には優しくない。
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