scene 02 嫉妬
「これでもうストーカーは出ないから、わたしたちの帰り道は安全だね」
みゆきは、鬼の首を取ったように上機嫌で言った。
「ああ」
「それじゃ、また明日ね。尚人」
「ああ」
気のない返事を繰り返した尚人は、ようやくみゆきから「解放」されると、大急ぎで自宅の玄関に駆け込んだ。二階の自室に直行して電話をかける。
「もしもし、俺、尚人だけど」
「阿久沢君ね。ストーカーですけど何か用?」
電話口の遠山が、皮肉を込めた投げやりな口調で応じる。
みゆきにストーカー呼ばわりされたとき、それを尚人がしっかりフォローしてくれなかったのだ。遠山が
「俺が悪かったって。ちゃんと謝るから。な、この通り」
ビデオ通話でもないのに、尚人はスマホに向かって頭を下げた。何度も謝罪を繰り返す。
しかし遠山は気が収まらなかったのか、そのあとも延々と嫌味を言い続けた。
尚人は、怒り心頭の遠山を何とか
長電話で説得していた所為で、辺りはすっかり暗くなっていた。
「はぁ、はぁ……」
バスケで鍛えているとはいえ、数百メートルの距離を全力疾走するのはさすがに苦しい。尚人は、肩で息をしながら夜の公園に辿り着いた。
小さな噴水を
しばらくすると、広場の暗がりから遠山が姿を現した。Tシャツにジーンズの尚人と違い、ブラウンで統一したキャノチェ、ジャケット、ハーフパンツというオシャレなコーディネートだ。その装いに一瞬だけ目を奪われた尚人だったが、すぐに立ち上がって遠山を迎えた。
「ごめん、こんな時間に呼び出して。どうしても会って話がしたかったから」
「別に構わないよ。僕のほうこそ遅くなってごめん。てっきり岡部さんとイチャイチャしながら待ってると思って、全然急ぐ気になれなかったんだ」
「いやだから、みゆきのことは本当にカンベンしてくれよ」
遠山の相次ぐ当て擦り口撃に、尚人が泣きそうな表情で許しを乞う。
「岡部さんも酷いよね、僕のこと覚えてないんだから。しかもストーカーだなんて。僕が見ていたのは阿久沢君だけなのに」
遠山はそう言うと、今度は微かに両頬を赤らめた。
尚人も恥ずかしそうに目を伏せる。
「と、とにかく、今回のことは謝る。正直、みゆきのことは持て余してるんだ。あいつは俺の恋人気取りらしいけど、俺が好きなのは……」
そこで言葉を区切ると、尚人もわずかに顔を紅潮させて遠山を見た。
「じゃあ、阿久沢君は僕の味方でいいんだね?」
「もちろんだ」
「だったら、岡部さんのことはもう見捨ててよ。そうしたら許してあげる」
「いや、でもそれは……」
尚人は一瞬だけ逡巡したが、ジト目で見つめる遠山に気づくと慌てて頷いた。
「わ、分かった、おまえの言う通りにするよ。だから――」
「ちょっと待って!」
しかし遠山は尚人の言葉を遮った。
「そんなこと言って、阿久沢君はこの前もいい加減に済ませたよね? だから今度は、岡部さんを見捨てる具体的な案を僕に示してよ。そうじゃなきゃ許さない」
尚人は思わず唸った。遠山が相当ヘソを曲げているのは明らかだった。
今回ばかりは、適当に済ませるわけにはいかない。尚人は必死に頭を働かせた。付き合ってもいないみゆきをどうやって振るか。いかにして遠ざけるか。
やがて、尚人の脳裏に一つの解決案が浮かび上がる。
「こういうのはどうだ。バスケ部のマネージャーで宮下ってヤツがいるんだけど――」
その宮下を仮初めの恋人に仕立て、みゆきに見せつける。そうすれば、みゆきもきっと諦めるに違いない。――それが尚人の考えた案だった。
「その宮下さんて人は可愛いの?」
「いや、彼女をそんな目で見たことないって。何でも事務的にこなす有能なマネージャーだ。口も堅いし信用できる」
「分かった。その案でいいよ」
遠山は、思いのほかあっさりと了承した。尚人がホッと胸を撫で下ろす。
「今度は信じていいんだよね、阿久沢君?」
口調こそ穏やかだったが、遠山の目つきは最後通牒を突きつけるように鋭かった。
「もちろんだ、約束する。だから、その他人行儀な呼び方はやめてくれよ」
「じゃあ、あーくん」
「尚人って呼ぶのは駄目なのか?」
「だって僕、ヨシキって呼ばれたくないから」
遠山は自分の下の名前を嫌っている。
だから、いつもニックネームは苗字から引っ張ってくる。阿久沢尚人は「あーくん」、岡部みゆきは「おーちゃん」といった具合だ。
「でも、あーくんが僕だけを見てくれるなら、次からは下の名前で呼んであげるよ」
「……そうか」
つまり二人の仲を進展させるには、みゆきを完全に排除する必要があるということだ。尚人は腹を据えるしかなかった。もうおざなりでは通用しない。
「悪いな、みゆき……」
小声でつぶやく。
尚人は、心静かに幼なじみとの訣別を決めるのだった。
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