第3話◇スーリエルージュ 魔法省最年少教授の悲運◇

◇スーリエルージュ

魔法省最年少教授の悲運◇


父は政界の二大派閥の一つの若き華麗なる世襲議員モーリス・モンタン、母はこの国の三大三権である政界・皇室・司法のうち行政権を握る皇室の魔法省最年少教授シモーヌ・モンタン、比べて一人娘の私は親の期待を裏切った無能ヴィオレーヌ・モンタン。


この国で生まれると魔力が多いか少ないかで人生が決まる。魔力が多いと四大魔法が使える(水、火、土、風)が、少なくても身体強化が出来ればまだいい方、それすら出来ない無能は平民と同等だ。

母は魔力がとても多く、父もそこそこあるらしいので、生まれた私はすごく期待されていたのに、ものすごく魔力が少ないことがわかると、父も母も家に帰って来なくなり、私は放置された。

父と母に愛された記憶はほとんどないので使用人の同情を愛情と勘違いして育った幼少期が一番幸せだったと思う。

自分を守ってくれる存在がいないことで無知だった私は、使用人から与えられる知識と経験は自分の本当の人生を浮き彫りにしてくれた。今では何故両親から見捨てられて使用人のように働かされているのかとても良くわかっている、嫌というほど。

平民に生まれてくるべきだった無能は平民のように生きるべきだ。そう言って使用人からバケツを渡されてトイレ掃除から始まり、今では生活教養に関する見解・知識・技能を習得、衣食住を基軸とした家政術を完璧にマスターし、この家のずぼらな家政長よりも私の方がこの家の事に熟知している。ああ、給料が欲しい。

子供だからこの家を出たとて他で働けるわけでもなく、毎日毎日使用人からは由緒正しい家系の血縁に無能が生まれるなんてほんと嘆かわしい子と蔑まれ、嘆きたいのは私の方……早く大人になってここを出て行くのが私の夢だった。


ギシギシと軋む古いベッドに疲れた体で横になる。

半地下の暗くてジメジメした、使用人部屋の中でも一番狭い部屋は、私が安心できる唯一の居場所。

壁には、トランクを持った少女が笑顔でこの家を出ていく落書き。

『大丈夫。私は無能なんかじゃない。世の中には毎日食事出来ない人達もいる。私は幸せになりたいわけじゃない、不幸でいるのが嫌なだけ。それくらいの夢ならきっと必ず絶対。ほら言ってみて。』

落書きの少女が私に語りかける。そしていつものように呟く。

「夢は叶う。」

そうして束の間、朝日も見えない朝が来るまで、私は目を閉じて夢を見る。


でもたまに、不幸なのは本当に私の方なんだろうかと思う時がある。


母は研究第一で、研究以外への興味関心が無い人だったので、私がどのように生きているのかもどうでもいいようだった。たまにすれ違うこともあったけれど母の視界に私は入らないみたい。


母は研究に没頭した。娘がいることも忘れて。


家政長と御用聞き商人の会話、執事長と宣誓運転手(徹底した守秘義務教育、宣誓書締結した、宣誓運転手派遣会社に所属する専属運転手のこと)が情報交換、使用人達の無駄話。邸の外に出られなくても私はいろんな事を知ることが出来た。

特に私が知りたいと思ったのは母が没頭している研究についてだった。私にも手伝いが出来ることなら母に近付けるかもしれないと思ったこともあった。母の研究が魔法省の秘匿化された秘密情報だと知って、無能な私に出来ることは何も無い、母をわずらわせず、目にも入らず、いないものとして静かにしていることが無能な私に出来ることだった。


母は世界的に周知される偉業を成した。


魔法を使うには賢人が残した呪文で発動するスペルサークルが必要で、無詠唱魔法で発動するスペルサークルには失敗した時の反動を受ける代価が必要だった。


魔法を使えるのは魔法使いだけ。


そんな世界の常識を母はくつがえした。


完成した新しいスペルサークルは魔法省最年少教授の名に相応しい成果といえた。


凡人にはわからない発想から生み出される新しいスペルサークルは、従来の無詠唱魔法よりも強力で何よりも失敗がない。

無詠唱魔法の失敗は物理的に代価が破壊されるが、嫌味な母が編み出したスペルサークルには人工知能が備わっていて、未熟な無詠唱を補完して発動するので失敗しない。

それを使った魔道具を開発すれば、魔力が少ない者でも強力な魔法が使えるという発明でいくつも特許をとった。

そして母が私を視界に入れた時、私は母の不貞で生まれた私生児として不当な扱いを受ける侍女として働いていた。

呆然とする母はみすぼらしい私を抱きしめて泣いた。なんだ私、ちゃんと愛されていたのかな。じゃあなんでずっと母の目に私は写らなかったんだろうかと考えてみて、その答えを母から聞きたかったけど、私を見ると泣いてしまう母に聞こうとすると、言葉が喉に詰まって出てこなかった。

いつか聞ければいいなと思っていた。


母が私を連れて家を出て行くと宣言すると、魔法省の騎士団が現れて母を捕縛した。母は引きずられながら放蕩男爵を頼りなさいと言った。何のことかわからず首を傾げ、私の腕を掴んでいる騎士と目が合うと、母の弟のことだろうと教えてくれた。

小さい頃に聞いたことがある、思いついたら行動する馬鹿な弟がいるという話。ああ、母との思い出がちゃんとある。数少ない母との思い出は、思い出すと苦しくなるので自分で自分の中に閉じ込めていたのかな。


手紙を書いた。

親の愛情を知らず育ったこと、見知らぬ叔父様を頼れと言われたこと、希望はあるけれど諦めていること、ただ、最初で最後、母の言うことを信じてみたかっただけだった。

母に愛されている子を演じて書いてみた手紙に、涙が溢れた雫は、手紙の最後の文字の上に落ちた。

悲しい涙じゃなかった。幸せな涙だった。

母に愛されていたのかもしれない、ただそれだけで十分だと思った。

本当は愛されていなくてもいい。私はもう、何もいらない、ここを出られたら、私は一人で生きていく。ここを出られたら……。


孤児のスリやドロボウ、犯罪者の子供ばかりが入れられた少年院の牢獄には清潔なトイレも布団もあったので、狭くてジメジメした自分の部屋よりも居心地がいいはずなのに、ヴィオレーヌは落書きの少女がここにいないことに心細さを感じた。いつも自分を励ましてくれた落書きの少女はヴィオレーヌのたった一人の友達だった。

ヴィオレーヌに仕事を押し付けたり、当たり前のように食事にゴミや虫を乗せて嫌がらせする大人達はここにはいない。ここにいる子供達の目には希望も夢もなく、雑居房ざっきょぼうの奥の角に陣取っている少し年上に見える子はここに長くいるようだけれど、話しかけてくる落書きの友達はいないようだった。


書けばいいのに。落書きが話すことをここの子達は知らないのかな。

そんなことを思ったりもしたが、雑居房には仲間意識があるらしく、新入りの私は鉄格子のそばで一人、助け出されるまで丸く座って過ごした。


母が発明した魔道具は、新人のアイデアを盗用したと冤罪がかけられた。母の幼馴染みの魔法省の同僚との浮気をでっち上げられていた。不潔な牢獄での尋問と拷問。母は体調を崩しあっけなく亡くなった。

母は私に興味がないわけじゃなかったのかもしれない。不器用だったのかも、魔力が少ない私の為に研究に没頭していたのかもしれない。けれど母と子として触れ合った時間はとても少なく、母が亡くなったと聞かされて涙は出なかった。


人の幸せを横取りする人間は多い。弱いと全て奪われる。私も、母も弱い人だったのだろう。弱かったからあっけなく死んでしまった。


けれど母は馬鹿ではなかった。

スペルサークルには使用延長契約が施されていた。人工知能は開発者を母と認定しており、一定期間使用後、母の許諾がなければ再起動しない仕組みになっていた。

スペルサークルには補完機能があったので一瞬だけ父は笑ったが、母の子供、もしくは兄弟の遺伝子であれば契約延長できるというものだったので、父にはその権限が無いと知って絶望したようだ。


父とその愛人の末路は愚か以外の何者でもない。

実子である私は既に私生児として発表し蛮行の冤罪を着せて投獄しているので今更嘘でしたとは言えない。アイデアを盗用されたと訴えた新人をスペルサークルは開発者と認めなかったどころか、新人と父との不貞を暴露した。ありとあらゆるところに張り巡らされた国の防衛機能をハッキングしたスペルサークルが、今後母の身内に手を出した者の秘密も全世界に暴露してやるといった脅しはとても有効だったらしい。ロアエク男爵さえ少し引きつっていたから、何かバラされては困る秘密があるのかな。


放蕩男爵なのに、彼は強い。弱くても、弱いなりにやりようがあるのだろうか。強くなりたい。弱いままでは私も母のように死んでしまう。


母の夫は苦し紛れに放蕩男爵に相続放棄と譲渡を求めたが、放蕩男爵も馬鹿ではなかった。

復讐の女神に愛されたロアエク男爵は、父とその愛人を永久機関の強制労働と、数少ない症例の不治の病の治験者にした。永遠にもがき苦しみギリギリの精神状態を保つ為に最低限の治癒も行われる。絶対にああはなりたくない。自業自得なので同情すらしなかったし、犯罪者と赤の他人であるといった冤罪だけはありがとうと素直に愚かな父に感謝した。


ただ、心残りはある。私を抱きしめて泣いている母の背中を抱きしめ返せばよかったな、と少し思っている。きっと、一生。



◇簡単に各話の称号の解説とイメージを語るメモワール◇

スーリエルージュ

赤い靴 呪われた赤い靴は足を切り落としても踊りながらどこかへ行ってしまった、懺悔と祈りで過去を悔い改め天国へ導かれる少女の話 自分勝手な思い込みで誰も幸せになれなかったシモーヌの悲劇と重なると思ったので。

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