シオちゃん 前編

古い家並みが残る町というのは響きこそ良いかもしれないが、思春期の若者という立場で長く住んでみるとなかなか不便で退屈なものである。

特に私の住む城下町は文具屋と本屋が無い。最低限の文具と雑誌なら外れにあるスーパーで手に入るが、機能的なペンケースだとか参考書だとかが入り用になれば何日かかけて通販で取り寄せるか、急ぎなら片道につき約800円払って隣の大きな市の中心部まで出るかしなければならない。友達同士で溜まるにしても観光客向けの高価な喫茶店しか無いので、これもやはり皆で日にちを合わせて大きな市に出るしか無い。しかし親が厳しい家はそもそも隣の市まで行くことが許されなかったり、遊べるだけの小遣いを貰えなかったりするので、結局は自宅付近でどうにか退屈しのぎをするしか無い。

このような環境だからこそ、私が通っていた高校の同級生であったクニハルくんとシオちゃんは仲良しカップルとして注目され持て囃されたのだろう。サッカー部のエースでイケメン俳優と呼ばれる人にも劣らない端正な顔のクニハルくんと、硝子玉を埋め込んだような瞳とほっそりとした輪郭が都会的な印象を抱かせる美少女のシオちゃん。美男美女のカップルは並んで歩いているだけでも絵になるもので、2人が近くにいれば電話会社の鉄塔さえも東京タワーやスカイツリーに劣らぬランドマークのように見えたものだ。

2人が愛されたのは性格も手伝ってのことだろうと思う。シオちゃんは品の良い容貌の割に人となりはサッパリとしてひょうきんで、話していると所々に小ボケを挟んでくるし、スマホのカメラを向ければ「綺麗に撮ってな」などと言いつつ種々様々な変顔を見せつけてきた。こうした行動をシオちゃんが取る度にクニハルくんは「女の子が何ちゅう顔しとん」と嗜めていたが、それが夫婦漫才を見ているようで面白かった。

こういう様であるから、山場もオチも無いにも関わらず、彼等のやり取りを見るのは下手な恋愛ドラマを見るよりも面白かった。

しかしこの仲睦まじいカップルも高校卒業後は共にいられないようで、クニハルくんは俳優を志して東京へ、シオちゃんは観光協会への就職が決まっていたのでこの城下町に残ることになった。卒業式の日にはクニハルくんが「俳優として成功したら必ず迎えに来ます」とシオちゃんの前で宣言し、私達観衆を唸らせた。




それから5年が経った頃、市外で会社員として暮らしていた矢先、実家の母から「シオちゃんが結婚する」という報せを受けた。

シオちゃんの結婚相手は城下町一帯の土地を管理している『鬼頭』という地主一家の三男で、市内の歴史資料館に勤務している光男という人だった。この光男氏からシオちゃんの家へ、シオちゃんを嫁に貰いたいと声がかかったのだという。シオちゃんはクニハルくんの大成を待たぬまま他の男に娶られたわけだ。

クニハルくんとシオちゃんが改めて結ばれる日が来ると信じていたわけではないが、たった5年という夢を成し遂げるにはあまりにも早い段階で、しかも年齢的にもまだまだ若いというのに宣言を無下にされたクニハルくんのことを思うと、シオちゃんの結婚はあまりにも酷に思えた。もしかしてシオちゃんの家は地主の息子である鬼頭光男氏のご指名を断れないような立場なのかしら、挙式の日にクニハルくんが式場へ乗り込んできてシオちゃんを攫っていったりしないかしら、などと夢想さえした。

そんなこんな考えながら過ごしているうちに、シオちゃんから結婚式の招待状が届いた。差出人は鬼頭光男とシオちゃんの連名で、シオちゃんの苗字は鬼頭に変わっていて、私は「シオちゃん本当に鬼頭さんと結婚したんだな」としみじみ考えた。そうしているとクニハルくんの顔が浮かんできて、また花嫁姿のシオちゃんをクニハルくんが連れ出す妄想が頭を占めた。

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