第312話 最悪の事態はワグナーの覚悟のあとで

 氷と闇。

 二本の剣が交差する。

 氷の剣が魔剣の瘴気に侵食され、そして黒い魔剣についた氷が段々と分厚くなっていく。

 ディスペルが間に合わない。

 後で纏めて解呪するということで、白銀のハンニバルに持ち替える。


「そろそろトドメだ!


 俺はそう言って前に出る。

 ワグナーが笑った。

 次の瞬間、彼の持っていた魔剣が消えた。


「――っ!?」


 俺は急遽バックステップを使う。

 すると、空中に魔剣が現れて地面に落ちた。

 危ない。

 あのまま前に進んでいたら魔剣が身体に突き刺さっているところだった。


「ちっ、これを避けるかっ!?

「生憎、お前がこの技を使うことは知っていたし、なにより同じような力を持つ奴を俺は知っているからな」


 ミスラは魔法を離れた場所から放つことができる。

 転移魔法の応用らしい。

 ただし、この魔法には弱点がある。

 距離が離れているほど、魔法が顕現するのに時差が出てくる。

 そして、魔剣は二本以上出せない。

 さらに、一定以上離れた場所に魔法を出せない。

 だから、ワグナーが剣を消した瞬間、相手が想定しない動きをすれば、さらにはワグナーの攻撃範囲外に移動すればその不意打ちを避けることができる。

 その距離は、ハスティアとの話から聞き出せた。

 ハスティアは自分の脚を斬られていた。

 心臓や首、顔ではなく何故脚なのか?

 あの時、ワグナーは倒れていた。

 胸や首、顔に剣を出すには距離が足りなかった。

 もっとハスティアを近付かせれば、自分が刺されていたかもしれない。

 そして、もう一つ弱点がある。

 魔力の消費が激しいのだ。

 俺も離れた場所の聖剣を収納するのに大量の魔力を消費する。

 

「お前がアムにやられそうになるギリギリまで能力を隠していたのは、使うリスクが高すぎるからだろ?」


 ワグナーが苦虫を潰したような顔をする。

 落ちた魔剣が消えた。


「さて、お前は後何回、剣を出すことができるかな?」


 さて勝ち確ムーブと行かせてもらうぞ。

 こいつを倒し、落ちている霜月にもトドメを刺して、アムを助けて家に帰る。


「ああ、確かにもう限界のようだな。剣を出せるのはあと一回だけだ」


 ワグナーは覚悟を決めたのかそう言って魔剣を自分の手に生み出す。

 俺はそれを自らの負けを認める覚悟だと思った。

 だが、違った。

 ワグナーはその剣を自らの腹に突き刺したのだ。


「魔王様……この力、あなたにお返しいたします。どうか――」


 地図の中のワグナーの反応が魔剣とともに消えた。

 と同時に、ダンジョンが急に揺れ出した。

 地震か?

 さらに不思議なことに、ダンジョンの壁に罅が入り、それが亀裂となって広がっていく。

 壁だけじゃない、天井や床にも同様に亀裂が入っていた。

 頑丈なはずのダンジョンにこの異常事態。

 これはマズイ展開だ。


「おい、トーカ! これはなんだ! 何が起きている!」


 カイザーが部屋の中に入ってきた。

 と同時に、退路の階段部分が崩壊した。

 これは完全にマズい奴だ。


「カイザー、こっちにきて俺に捕まれ!」


 俺はアムのところに駆け寄る。

 もう霜月を回収している暇はない。

 カイザーが俺のところに来た。


「逃げるぞ! エスケプ!」


 ダンジョンからの脱出魔法を使う。


 一瞬で景色が地下の入り口に変わった。


「なっ、ここはどこだ!」

「いいから走れ!」


 ダンジョンから出たが、まだ揺れは続いている。

 俺は階段から地上に出ると、そこには途中ですれちがった武道大会の参加者やミスラ、ハスティアが待っていた。


「勇者様、ご無事でしたか!? しかし、この揺れは一体」

「……トーカ様、何が起きてるの?」

「ダンジョンが崩壊を始めた! よくわからないがここも危ない!」


 と振り返ると、この辺りにも亀裂が広がっていく。


「みんな、こっちにこい! これを手に持って千切るんだ! 安全な場所に転移できる!」


 俺は全員に帰還チケットを配った。

 なりふり構っていられない。

 全員に帰還チケットを配り終えたところで、アムを抱えたまま左手に持っている転移チケットを口に咥えて千切った。

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