第306話 アムを追うのは生きて帰る約束のあとで

 ハスティアは全てを語り終えると、力尽きたように意識を失った。

 薬で怪我は治ったが、疲労が消えるわけでも失った血液が治るわけでもない。

 いや、そもそも両脚を切断されたのに自力で止血し、ここまで意識を保っていた方が凄いのだ。

 きっと俺に情報を伝えるために耐えていたのだろう。

 正直、助かった。

 ワグナーが魔剣を相手の身体を切断してまで生み出すことができるという情報がなければ俺もアムやハスティアと同じようにやられていただろう。

 と同時に、その攻撃の弱点もわかった。

 対処は可能なはずだ。


「ミスラ――」

「……ん、わかった。トーカ様がボス部屋に行ったら、ミスラはエスケプの魔法を使ってハスティアと外で待ってる」

「一日経っても俺が帰ってこなかったら――」

「……一日経っても戻ってこなかったら、ミスラ一人でダンジョンに潜る」

「なんでだよっ! 拠点に帰ってろよ!」

「……ミスラを危ない目に遭わせたくなかったら生きて帰ってきて」


 ミスラが真剣な目で言う。

 なんて脅しだ。

 絶対に生きて帰らないといけなくなった。


「生きて帰るから地上で待ってろ……絶対に入って来るなよ」

「……ん」


 ミスラが満足げに頷いた。


「カイザー、お前は来るのか? 今の話を聞いていたらわかると思うがかなり危ないぞ」

「無論だ。そのために来たのだからな」

「危ないと思ったらこれを使ってくれ。使わなかったら返せよ」


 俺はカイザーに帰還チケットを渡す。

 カイザーはそれを興味深げに見た。

 俺はボス部屋の扉を潜った。

 ボス部屋には誰もいなかった。

 ワグナーが倒したのだろう。

 それはいい。

 宝箱が放置されていた。

 罠を警戒したのか?

 それとも気付かなかったのか?

 わかったことは、放置した宝箱は消えないということか。

 これまで宝箱を放置したことがなかったから気付かなかった。

 ゲームでもボスを倒したら自動で宝箱を入手していたし。

 ミスラがいなくなったので道具欄も残り少ない。

 なにより急いでアムを助けないといけない。

 金色宝箱だけでも開けたいが、今回は放置することにしよう。

 俺の髪がもう少し長ければ、後ろ髪を綱引きの綱のように引っ張られていたことだろうが、アムへの想いが勝り、俺は前に進む。


 ボス部屋の奥に進む。


「なんだこれ?」


 先ほどまでとは違う異様な空間だ。

 壁がいままでの煉瓦の壁ではなく、金属の壁でできている。

 だが、この金属、なんだろう? 鉄? アルミ? 未知の金属?

 鑑定で表示されない。

 それだけでもこれまでにないダンジョンなのだが、ダンジョンが発する空気が今までと違う。

 ただ、嫌な雰囲気とは言えない。

 この空気、覚えがある。

 この世界に来る前、アイリス様と一緒にゲームを続けた半年間。

 その時にいた場所に似ている。

 あれは女神様の作った空間だった。


 神の作った空間と魔王城と呼ばれたダンジョンの最奥が同じ雰囲気だなんて。


「神聖な空気を感じるな」

「カイザーもそう思うか?」

「ああ。少なくとも魔物の気配は感じない」

「そうだな……あ、ちょっと待ってくれ」


 さっきからピピピピピと音が立てている。

 何か埋まっているな。

 穴掘りスキルを使う。

 宝箱は我慢できたが、穴掘りスキルは単純に興味からだ。

 この金属の床に穴が開いたらどうなるのかと思ったが、普通に穴の側面も金属だったな。


「急に穴が生まれた。なんなのだ、これは落とし穴か?」

「違う、俺がやったんだ」


 穴の底に何かが見つかった。

 これは……女神様の像?

 コレクターアイテムじゃないけれど、ゴミでもないよな?

 鑑定してもまともな情報が出てこない。

 とりあえず道具欄に保存しておく。

 

「困りましたね。聖なる神の地に穴を開けてもらっては困るのですが」


 足音が近付いてきた。

 その足音の主を見て、俺は目を細め、カイザーは驚愕する。

 現れたのはカイザーの部下のはずのライオックだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る