第305話 ハスティアが己を呪うのはボス部屋の扉が閉じたあとで
ハスティアとアムがこの部屋に来たとき、ボス部屋を塞ぐように待っていたのはワグナーだった。
ワグナーはハスティアに目配せをするものの、ずっとアムを見ていた。
そして、呟いた。
「……なるほど、必要なのは貴様だったのか」
「なんのことを言っているかはわかりませんが、昨日のようにはいきませんよ。覚悟してください」
「俺に勝てると思っているのか」
「ええ、思っています」
彼女はそう言ってトールハンマーを構える。
ハスティアも草薙の剣を構えたのだが、アムが首を横に振った。
「ティア、あなたは離れた場所にいてください」
「アム、私も一緒に戦わせてください」
「いいえ、悪いですがこの戦い、今のあなたを庇って戦う余裕がありません。回復用のポーションももう私が持っている一つで最後です」
それはきつい言葉だった。
だが、ハスティアも気付いていた。今の自分では、本気のアムの戦いについていけない。
彼女はそれでもいいと思っていた。
相打ち覚悟でワグナーに一瞬でも隙を作って、その隙をついてアムにトドメを刺してもらおうと思っていた。
だが、アムはそれができないと言った。
彼女はいざという時にはハスティアを守ると。
アムはハスティアを見捨てられない。
それはアムにとって弱点となる。
「アム、申し訳ありません。あなたにそんなことを言わせてしまって」
「ううん。私が強いのは私が先にご主人様の従者になったからってだけ。順番が逆なら立場も逆だった」
アムはそう言って前に跳ぶ。
数十キロあるトールハンマーを持っているとは思えない程の速度だ。
ワグナーはまたもどこからともなく生み出した魔剣でそれを受け止める。
まだ余裕のあるワグナーだが、その表情が驚愕に変わった。
黒い魔剣に罅が入ったのだ。
ワグナーは剣を傾けてトールハンマーの攻撃を受け流して後ろに飛びのく。
「我が魔剣に傷をつけるか。ただの雑魚ではないようだな」
魔剣を消して再度生み出す。
先ほど入った罅が消えた。
「行くぞ」
ワグナーの魔剣とアムのトールハンマーが交差した。
徐々にワグナーがアムを押し始める。
ワグナーは通常の剣術だけでも一流を越える腕前なのに、さらに剣を自由に出したり生み出したり、時には二本にしたり投擲したりとトリッキーな戦い方でアムを翻弄した。
だが、アムは終わらなかった。
彼女はトールハンマーを道具欄にしまう。
そして、駆けた。
重い槌を持たない彼女は速い。
ワグナーの比ではない。
本来、速度で翻弄するのが彼女の戦い方だから。
そして、彼女は何も持っていない両手を振り上げる。
素手の攻撃などではないとばかりにワグナーはカウンターで魔剣で返り討ちにしようとするが、
次の瞬間、その手にトールハンマーを取り出した。
魔剣を構えるより、トールハンマーを振り下ろす方が速かった。
彼女の槌がワグナーを完全に捉えたと思った。
ワグナーが倒れた。
まだ生きている。
「完全に捉えたと思ったのですが、掠っただけでしたね。トールハンマーの能力のお陰で助かりました」
トールハンマーの属性は雷。
その特性はダメージを与えた相手に麻痺を付与する。
元々一撃が強力過ぎて、麻痺を与える前に相手を倒してきたので死に特性だったがここに来て生きた。
「彼には聞かなければならないことがいろいろとあります。ティア、縛るものを持っていますか? 無ければ手足の骨を折って動けないようにしますが」
「ああ。待ってろ。トランクル王国騎士団流捕縛術を使わせてもらおう」
ハスティアは鞄の中から縄を取り出そうと視線を少し逸らし、戻した次の瞬間、アムが背中から魔剣で貫かれていた。
「アムっ!」
ハスティアは何が起こったのかわからなかった。
アムは確かにワグナーを倒したが、しかし油断はしていなかった。
たとえワグナーが気絶したフリをしていたとしても、彼女は油断して腹を刺されるようなことはなかったはずだ。
それになにより、彼女がワグナーに背を見せるはずがない。
ハスティアは思い違いに気付く。
彼女はアムが刺された瞬間を見ていない。
背後から刺されていないのだとしたら――
だが、ハスティアは考えるより先に動くことにした。
倒れているワグナー相手なら今の自分でも倒せる。
彼女が駆けた次の瞬間、彼女は倒れた。
自分の脚が斬られていた。
そして脚の部分に魔剣があった。
彼女は気付く。
「まさか――私の脚に合わせて魔剣を生み出した!?」」
ハスティアが道具欄を取り出すとき、身体の中に取り出すことができないから、魔剣を生み出すときも同じ条件だと勝手に思っていた。
だが、違う。
ワグナーは文字通り、どこにでも魔剣を生み出すことができるのだ。
たとえ相手の身体の中でも。
倒れた状態でハスティアは見た。
立ち上がったワグナーが意識を失ったアムを抱えて奥の部屋に入っていくところを。
「待って…………アム……勇者様、すみません……」
閉まるボス部屋に手を伸ばし、ハスティアは己の無力を呪った。
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