第302話 皇帝の真意を聞くのは僅かな休憩のあとで

 ダンジョンに潜ってどれだけの時間が経過しただろう?

 数え間違いがなければ、現在は五十三階層だ。

 一階ごとの広さはそれほどでもなく、平均して十分ほどで攻略できる。

 だが、十分としてもここまで約九時間ダンジョンに潜っている計算だ。

 朝の十時に集まっていたから、九時間として夜の七時くらいか。

 疲労も蓄積されている。


「……トーカ様……一度休憩をしよう」

「そうだな」


 俺はミスラの提案を受け入れ、何度目かの食事休憩を取った。

 五十階層のボス部屋で試練の塔の入場回数券が入っている虹色宝箱が出たところをアムたちに見せてやりたかったが、アムもハスティアもまだ見つかっていない。

 途中、見つけた武道大会の参加者は殺されていたセカンドと俺が殺したグラナドを除けば三人。

 ここがダンジョンの地下だと気付いて地上を目指しているようで、現在の階層を伝え、食糧と水を提供したらとても感謝された。

 そして、三人とも他の参加者とは会っていないと言っていた。

 まぁ、全員が地上を目指しているのだとすれば、地下に潜っている俺たちとすれ違うことがあっても、地上を目指す同士が出会う確率は低い。

 そして、一番深い階層から来たと言った男とすれ違ったのは五十一階層で、そいつは二十階層ほど上がってきたと言った。

 つまり、七十一階層より深い場所からやってきたわけで、誰ともすれちがっていないとなると、アムたちは七十一階層より深い場所にいることになる。

 レッサーワイバーンとは六十階層くらいで出くわしたらしい。

 ミスラが転移していたのはその階層だったのだろう。 


「七十一階層までに転移していたのは、ミスラを含めて六人か。俺が何階層に転移していたかわからないから、十五人中六人が転移したと仮定して――」

「……単純計算で、177階層までダンジョンは存在する」


 もちろん、まんべんなく転移しているわけではないし、もしかしたら何人かは既に死んでいるかもしれない。

 特に深い階層に転移していたら恐ろしい敵と戦っているわけだしな。

 それでも長丁場は覚悟しないといけない。

 着ぐるみのままでは食事ができないのでアバターを通常装備に変更して食事をする。

 

「リンゴとスナックバーでいいか?」

「……ん。皮剥く?」

「俺はこのままでいいよ」


 四階層くらいでワイルドアップルが大量に出てきて、ドロップアイテムでリンゴがいっぱい手に入った。

 それを取り出して、皮のままかぶりつく。

 ミスラは風の魔法を使って一瞬で皮を剥いて、白い実だけを食べていた。

 甘酸っぱい味が疲れた身体に染み渡る。

 とすっかりくつろいでいたところに――


「貴様らは――」


 客がやってきた。

 地図には反応がなかったので気付かなかったが、幽霊ではなく生きている人間だ。

 黒い鎧を着ている男がいた。

 その手は剣の柄に伸びていたが――


「トーカ、それにミスラだったな」


 どうやら俺たちと戦うつもりはないようで、その手を下に下ろす。


「……カイザーか。やっぱりあんたも転移してたんだな」

「いったい何が起こっている? ここはどこなんだ?」

「ここは――」


 俺はこの場所と、そしてワグナーについて教えた。


「ワグナー、それが今回の事件を仕組んだ敵の名か。怪しい奴だと思い調べさせていたのだが――」

「まぁ、対戦相手が全部行方不明になったからな。攫ったのはワグナーじゃなくて、ワグナーを陥れようとしたレザッカバウム派のクナイド教の奴らだったんだが」


 その相手から奪った生気が詰まった瓶とともに、送還の魔法を展開させていることにミスラが気付いたが、止めようとしたときは既に手遅れに近かった。


「俺からも聞きたいことがある。なんでお前はそこまでして神になろうとしたんだ?」

「絶対的な力を手に入れるためだ。そうしないと俺の目指す大義は」

「そのために帝都に住む大勢を皆殺しにしてもいいっていうのかよ」


 こいつにはずっと言いたかった。

 世界を大きく見れば、こいつにとって帝都に住む人間の命は大義の前の小事にしか見えないのだろう。

 しかし、そこに住む人にとって自分の命というのはそれがすべてなのだ。

 それを蔑ろにする権利はないはずだ。

 それこそ、神ですら。


「何を言っているのだ、貴様は。帝都の皆を殺すだと?」

「……え? だって、お前、霜月を爆発させるんだろ?」

「なんのことだ? 俺はただ、霜月に圧倒的な力を見せて戦わせ、その圧倒的な強者である霜月をねじ伏せることで己の力を誇示することを目的としていた。それで十分だと言われたのだ」

「誰に?」

「我が神にだ」


 神がカイザーを謀ったのか?

 ていうか、こいつ、神と連絡を取り合っているのか?

 俺みたいに問い合わせをできるのだろうか?


「お前、どうやって神と対話してるんだ?」

「俺には神の声は聞こえないが、ライオックが代わりにな」

「ライオックってあのときダンジョンで一緒にいた魔術師か……」


 確か元老院からのスパイだけど、本当は元老院に送り込んでいる二重スパイだって言っていたな。

 やはり元老院から派遣されている三重スパイの可能性もあると。

 そのライオックってのが怪しく思えてきたな。

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