第301話 大丈夫だと思えるのは一人じゃないとわかったあとで
「……魔王城と」
「城じゃないだろ? ここはダンジョンだ」
「……ん。魔王は実際にこの世界に現れる前から聖典の中に存在した終末を告げる怪物。聖典の中で、魔王は魔王城の奥にいて、勇者によって討伐されると預言にある。だからここは魔王城と呼ばれた」
聖典の辻褄を合わせるために呼び名を変えたのか。
まぁ、その程度は普通にあり得るか。
むしろ、そのくらいしないと、この世界に現れた怪物を魔王と呼ぶことができなかったのだろう。
……ん?
「魔王は本当に魔王なのか?」
「……どういうこと?」
「いや、教会の都合で魔王を魔王と定義したのであれば、魔王はもしかしたら別の何かだったんじゃないかって……」
たとえば、精霊の一種。
たとえば、俺と同じように異世界から来た存在。
たとえば――
「魔王は邪神なんじゃないか?」
「……その可能性はミスラも考えていた。でも口には出せない」
「だよな。教会の教義では神様はアイリス様だけだ――いや、そうか。教会は魔王が邪神だと知っていたからこそ、魔王と定義しないといけなかったんじゃないか? 教会は魔王が邪神だと知っていたとしたら、このあたりはヨハルナ様に聞けばわかるだろうか?」
「……やめたほうがいい。相手は元教皇。答えられないことも、答えてはいけないこともある」
ミスラが正論を言う。
確かにその通りだな。
だったらアイリス様に聞けばいいか。
ていうか、アイリス様はこの事態に気付いているのか?
一応、さっき問い合わせからメッセージを送ったけれど、返事はまだ来ていない。
ダンジョンの中は圏外なのか、それどころではないのか。
「しかし、ここまで誰も会わないな」
現在十五階層。
一階層事に魔物が変わっていき、ボス部屋がある。
だんだんと魔物が強くなってくるのもわかる。
俺は虎の魔物を倒してさらに奥に進む。
そこでようやく武道大会の参加者を一人見つけた。
ただし、物言わぬ死体となって。
「こいつ、ミスラの対戦相手だったよな?」
「……ん。セカンド」
しかし、魔物にやられたにしては様子がおかしい。
何かで首を切り落とされているのだ。
虎の魔物にこんな器用な真似ができるはずもない。
だとすると犯人は――
「サンダーボルト!」
「ぐあっ!?」
俺は振り返りざまに忍び寄ってきた相手に雷撃を放つ。
いくら足音を立てないようにしても、地図で隠れているのが丸わかりだった。
背後から強襲して俺を殺したあとでミスラも殺すつもりだったのだろう。
「セカンドを殺したのはお前か? グラナド」
「そうさ。ここはダンジョンだぜ! 弱い奴は死んでダンジョンの餌になる。それが道理だろ! きひひ」
そうか、そうだよな。
俺は白銀の
グラナドの奴はもう雷の痺れが取れたのか、斧を構え直した。
「セカンド以外に誰か殺したのか?」
「いいや、こいつが最初さ。そしてここにいる奴らは全員殺す。俺は殺しが好きなんだよ。武道大会に参加したのも、決勝トーナメントに出場したら相手を殺しても罪に問われないって聞いたからだ。大衆の前で対戦相手を殺すのが楽しみだったんだが、しかしこれはこれでおもしれぇ。全員殺してやるよ。まずはお前からだ着ぐるみ野ろ――」
次の瞬間、宙を舞うグラナドの首と視線が合った。
なんてことはない。
俺が斬り飛ばしたのだ。
着ぐるみを着ていてよかった。
アバターを着直せば返り血は直ぐに消える。
ここでこいつを見逃すことはできなかった。
ノワールがいれば縛り上げて収納できたのだが、それも無理。
気絶させて眠らせれば、ダンジョンの魔物が勝手に処理してくれると思ったが、目を覚まして逃げられても困る。
結局、殺すしか選択肢はなかった。
俺は生首に向かって言う。
「お前が羨ましいよ。他人を殺して楽しいなんてな……あんたみたいな悪人を殺しても俺は結構辛いぞ」
俺はセカンドとグラナドの遺体に向かって合掌する。
次の瞬間、セカンドの遺体が消えた。
ダンジョンに吸収されたのだ。
グラナドの遺体もそのうち消えるだろう。
そう思っていたら、ミスラが着ぐるみを脱いでぎゅっと俺を抱きしめる。
「ミスラ?」
「……ん、着ぐるみ邪魔。抱きつきにくい」
「大丈夫だよ」
俺は着ぐるみを脱いでミスラを抱き返す。
大丈夫だ。
一人だったらダメだったかもしれないけれど、ミスラがいるから大丈夫だ。
「行こう、アムとハスティアが待ってる」
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