第298話 試合開始は選手解説のあとで
翌朝、武道大会の決勝トーナメントの日になった。
俺たちはいつも通り朝食を食べる。
最初じゃ俺が作っていたのだが、拠点みたいにガスコンロや電子レンジなどが揃っているわけではなく薪を使った台所のため調理が難しく、現在はハスティアが市場で買いに行ったものをみんなで食べている。
ポチのご飯が恋しい。
と無いものねだりになってしまった。
「アムは第四試合、俺とハスティアは第五試合、ミスラは第八試合か」
他に注目する試合といえば、第一試合のカイザー、第三試合のスクルド、第六試合の霜月のものだな。
カイザーの仕込んだイカサマや、スクルドの思惑のお陰で試合がバラけている。
注目して見なくてもいいのは第二試合と第七試合だけか。
アムもそれほど緊張しているようには見えない。
朝食後、スナックバーをリスのように食べている。
かわいい。
そして一番張り切っているのはハスティアだ。
俺は準々決勝の霜月との戦いのために力を温存しないといけないからそんなに張り切らないで欲しいのだが、ちゃんとしたところで勇者である俺と戦えるのが楽しみで仕方がないのだろう。
模擬戦や練習試合とはまた違うものがあるのだろう。
結局、条件をつけて本気で戦うことにした。
その条件とは五分間だ。
本気で戦うが、五分戦って決着がつかないのなら試合で負けてくれと。
八百長だ。
しかし、試合は俺の負けだが、俺とハスティアの勝負では、五分以内に倒せなければ勝負は俺の負けとして、なんでも言うことを聞くことになっている。
俺はハスティアを五分以内に倒すことを目標にした。
妥当な勝負の内容だと思う。
そして、みんなで家を出て、途中で着替えて試合会場に向かう途中、孤児院の子どもたちを見かけた。
シスター院長も一緒だ。
「あ、動物の兄ちゃんたちだ!」
「おーい!」
「皆さん、今日はお招きいただきありがとうございます」
どうやら偶然ではなく、俺たちが来るのを待っていたらしい。
入り待ちってやつだ。
「皆さん、来てくれたんですね。ありがとうございます」
「いえ、子どもたちは全員楽しみにしてたんですよ。はい、みんな」
『きょうは、ごしょうたい、ありがとうございます。しあいがんばってください!』
声を揃えてみんなでお礼と励ましの言葉を言う。
練習してきたのだろう。
その後、調子に乗った男の子が、「ありがとぅー!」って大きな声で言って他の子どもに笑われていた。
少し元気を貰えた。
彼らを招待して良かったと心から思った。
「ありがとう。頑張るよ」
俺たちは礼を言って、試合の控室に向かった。
試合参加者には個室が与えられているが、俺たちは事前に要望を伝えていたので四人同じ部屋に案内された。
待つこと十五分。
係員が来て、舞台の方に案内される。
最初、全員揃って観客の前で紹介されるらしい。
黒騎士と霜月も既にいた。
黒騎士はやっぱりカイザーの着ていた黒い鎧だな。本人で間違いないだろう。
全員揃ったところで、会場の拍手が大きくなる。
実況の男性が選手の解説を始めた。
非常に大きな声で、どうなってるのかと思ったら、声を大きくする能力の持ち主が傍にいるのだとこっそりミスラが教えてくれた。
なるほど、そういう能力もあるのかと思っていたら、ミスラが横を見て何かに気付く。
そこにいたのはワグナーだ。その手には、昨日クナイド教の奴らが持っていた生気の瓶――しかし中身がどす黒く変色している――を取り出して何かしようとしている。
一体何をするつもりだ? と思ったら――
「ワグナーを止めて!」
ミスラが大声で叫んだ。
タダ事ではないと俺が咄嗟にワグナーの方に向かうが、既にそいつはその瓶を叩き割っていた。
次の瞬間――俺はおかしな場所にいた。
そこが武道大会の会場ではないことはわかる。
何故なら、そこは通路だったから。
ただの通路ではない。
「この雰囲気……これって」
俺がいたのは、明らかにダンジョンの通路だった。
え? もしかして俺、ダンジョンに召喚されたのか?
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