第297話 ゲーム召喚は召喚魔法の検証のあとで

「勇者様、話が逸れてますが」

「ハスティア、待ってくれ! まだ慌てるような時間じゃない! まずはミスラの召喚魔法について検証をしたい!」


 俺がこっちの世界で《聖剣の蒼い大地》を遊ぶために必要なものは三つ。

 一つはゲーム機&充電器。一つはゲームソフト。一つは発電機。

 発電機は災害時用に両親が買ったものが家にあった。太陽光で発電できるやつだ。

 モバイルWi‐Fiが使えればいいんだけど、異世界はさすがに圏外だろうからそこは諦める。

 だが、最初にこれらを召喚してもらうのはリスクがある。

 たとえばゲームのデータが異世界から召喚されて無事なのか?

 召喚されるときのエネルギーがうんたらかんたらで消失して、ただの箱になったら困る。

 いや、最初はもっと関係のないものを。


「俺の使っていたマグカップとかって召喚できるか?」

「……ん」


 ミスラが小さく言う。

 普通ならばわからないけれど、これは否定の意味だ。


「無理なのか?」

「……理論上は可能だけど、検証が足りない。特定のものを召喚するのはまだ無理」

「あ、そういうことか。じゃあ、検証を重ねれば可能なんだな?」

「……ん」

「じゃあ、最初は何を召喚できるのか?」

「……本」


 ミスラが即座に答える。

 静寂が場を支配した。

 なんて言えばいいのだろうか?

 ミスラ、ここに来ても自分の趣味を押すのか?


「……召喚するものの条件を魔法に込める必要がある。文字の情報が一番対象を絞り込みやすい。一度召喚に成功したら、そこから場所の情報が明らかになる。その周辺のものに絞れば、トーカ様の欲しいマグカップも召喚できるようになる可能性が上がる」


 あぁ、情報の絞り込みか。

 この世界だと本は一点ものも多いから絞り込みやすいかもしれないが、地球の本は大量印刷しているからその条件だけで俺の持っている本を召喚するのは難しいかもしれない。

 いや、待てよ?


 俺はメモ帳を取り出して、覚えている文字列を記入する。


「ミスラ、この文字のものを召喚することはできるか?」

「……読めない。これ、トーカ様の世界の文字?」

「日本語だからな。もしかして、読めないとまずいか?」

「……そんなことはない。可能」


 どうやら読める読めないは関係ないらしい。


「ミスラ、精霊召喚の魔法は覚えていないよな? 召喚魔法使えるのか?」

「……ん、基本は空間魔法。エスケプの魔法を改良すれば可能」


 エスケプはダンジョンから脱出するための魔法だよな?

 全然違うと思うんだが、天才の発想は凄いな。

 準備はできるだけ広い場所の方がいいというので、中庭で行うことに。

 召喚石を二個置く。

 さらに、水の入ったバケツを置いた。 


「この水も召喚に使うのか?」

「……ん、召喚時にエネルギーが大量に発生する可能性がある。その場合、本が燃えるかもしれないから、消火用」

「おま、それを先に言えよ」


 あれが燃えたらどうするんだよ。

 いや、燃えたら困るものではない。

 厳密に言えば大切な品だが……うん、覚悟を決めよう。

 これもゲーム機を召喚するためだ。


「ミスラ、やってくれ!」

「……ん」


 ミスラが魔法の詠唱を始める。

 エスケプの魔法だけなら魔法名だけでいいのだが、改造しているためかなり長い詠唱となる。

 そして――


「……エスケプ」


 ミスラが魔法を唱えた。

 次の瞬間、俺がミスラに渡したメモが燃えた。

 直ぐに燃え尽きたのでバケツの水の出番はない。

 そして――


「……成功した」


 そこにあったのは一冊のノートだった。

 おぉ、間違いない、俺のノートだ。

 自筆の蒼剣の攻略ノート。

 主に気付いたことや、攻略本発売前のデータを記入している。

 俺の字だし、間違いない。


「やったな、ミスラ! これでゲーム召喚も――ミスラ?」


 ミスラが芋虫に退化していた。というか、芋虫みたいに蹲っていた。


「どうした?」

「……魔力が……切れた」


 え?

 ステータスを見る。

 俺以上――四桁はあったミスラの魔力が一桁にまで減っていた。

 召喚魔法ってこんなに魔力を消費するのか。

 魔力回復薬を飲ませるが、一度に回復は無理だった。

 明日は武道大会の試合があるし、これ以上続けるのは難しいな。


「それで、勇者様。下水道であったことについてですが」

「下水道……あぁ、そうだった。すっかり忘れて……ないぞ? うん、忘れてない。」


 俺は下水道の遺跡で見たことを二人に伝える。

 召喚石を見たところまでは伝えたので、そこから先だ。

 クナイド教、生気を集める瓶、謎の幽霊、ワグナーの言葉。


「ワグナーは明日の試合には出るつもりらしいが、あいつの目的もよくわからないんだよな。少なくともレザッカバウム派とは敵対関係みたいだし」

「私はその幽霊の方も気になります。妖狐族だったのですよね?」

「ああ。見間違えじゃないと思うが――もしかして、アムの母親の幽霊……ってことはないよな?」

「どうでしょう? 私は母の幽霊を見たことがありませんので」


 アムが淡々と言う。

 これが日本だったら信じられない話だが、このファンタジー世界なら幽霊の存在もあり得る気がするんだけどな。

 考えてもわからないことだらけだ。

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