第295話 ワグナーと戦うのは一回戦開始のあとで

「あの時の神獣の主人か」


 そう言ってこちらを振り向いたのは、アムの母の仇であるワグナーだった。

 神獣――あいつ、ポチのことを神獣だと見抜いていたのか。

 と思った次の瞬間、アムがワグナーに斬りかかっていた。

 ハンマーでなく剣なのは、速度重視で斬りかかるためだろう。


「速いな。だがキレが悪い」


 そう言いながらも、ワグナーはどこからともなく取り出した魔剣でアムの剣を受け止めている。かつてゴブリンキングが使っていた例の魔剣だ。

 アムは直ぐに武器を収納し、今度はトールハンマーで攻撃をする。

 すると、ワグナーの魔剣が盾の形に変えて、それを受け止めていた。

 そして、その盾から大きな棘のようなものが生えてアムに迫るが、アムはハンマーに力を込めて後ろに飛びのく。

 ワグナーは強いな。

 アムも強いが、まだ本調子じゃない感じがする。


「あの妖狐の娘か。強くなったな」

「母の仇です。覚悟を決めてください」

「お前、ノワールは――シャドードラゴンはどうした? まさか――」


 ここに来るのに、悪魔とノワールが戦っていたあの部屋を通らないといけない。

 こいつがここにいるってことはノワールはどうしたんだ?


「悪魔と戦っていたのは貴様の従魔か。少し眠ってもらったが殺してはいない」


 そう言うと、ワグナーは俺たちに背を向ける。

 背中を向けているというのに隙らしい隙を見つけられない。

 ここで斬りかかっても止められる未来が見える。

 そのまま力づくで叩き伏せることができるかどうかはやってみないとわからない。


「妖狐族の娘。貴様との戦いは決勝トーナメントまで取っておけ。本調子じゃないのだろう」


 ワグナーの奴、アミの正体がアムだっていうのも気付いているのか?

 使っている武器が同じだから、戦っているところを見ればバレるか。


「俺もこれが割れたら少々困るのでな」


 ワグナーは懐から小瓶を取り出して言う。

 先ほど、クナイド教の奴らが集めていた生気とやらが入っている小瓶だ。

 殺して奪ったらしい。

 

「私は……戦えます」

「アム、やめろ。こいつの言う通り、雪辱を果たすのは武道会にしておけ」


 アムがまだまだ本調子じゃないっていうのもあるが、彼女の戦い方は速度を活かしたものだ。

 狭い部屋で戦うより、舞台の上とはいえ広い外で戦った方がその実力を発揮できる。

 アムは悔しそうにしながらも引き下がった。


「一つ教えろ。お前の目的はなんだ? 何を企んでいる?」

「答える義理はないが、一つは貴様のお陰で手間が省けたので答えておく。裏切った元従魔の悪魔を殺すことだ」


 悪魔?

 そうか、ジルクと一緒であの悪魔もワグナーの従魔だったのか。

 でも、裏切ったってどういうことだ?

 ワグナーはそれ以上何も言わずに去っていき、地図からもその反応を消したのだった。

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