第280話 閑話 神獣会議
トーカの町の職業酒場。
営業時間が終わり町民の客が帰った深夜、今日は関係者だけの貸し切り状態になっていた。
昨日までは女神アイリス様が秘密裏に待機していて、ポチたち神獣トリオはその世話と手伝いに休む暇もなかった。
しかし、今朝になってアイリス様がようやく神界へと帰った。
普段は仕事ばかりしている三人――ミケはお酒を飲んでばかりしているように思えるが、11時から夜10時まで11時間労働している――であってもさすがに疲れたため、慰労会を兼ねての食事会をすることになった。
「ようやく一息付けそうなのです」
「ポチとウサピーは何を飲むにゃ?」
慰労会とはいえ、従業員は全員帰したので飲み物の準備をするのはミケの役目だ。
「ポチは熱いお茶がいいのです」
「純米大吟醸――醸し人九平次」
ウサピーが死んだ目で言う。
その姿はいつもの
もしも時計を持っていたら、アリスを不思議な国に案内することになるだろう。
商売をする上で人の姿を取っているが、これが本来のウサピーの姿だ。
「ウサピー、今日は飲むのですね」
「さすがに飲んで憂さ晴らししたい。アイリス様人遣い荒すぎ」
ウサピーにいつもの語尾はない。
あの語尾がキャラ付けのためのものであることはポチもミケも知っている。本当はもっと自然な感じに語尾をつけられるのだが、微妙な不自然さを出しているのもわざとだ。
「あんまり飲み過ぎるにゃよ」
ミケが熱いお茶の入った湯飲みをポチの前に、酒瓶とグラスをウサピーの前に、そして自分の席の前には秘蔵のまたたび酒を置く。
樽を使って強制的に発酵させた酒ではなく、自分で一から作ったまたたび酒だ。
至高の逸品ではないが、しかし自分なりに調整したそのまたたび酒はミケにとって唯一の逸品。決して客に出すことのない酒だ。
「あるじは今頃何をしているですかね?」
ポチが熱いお茶を飲みながら言った。
「武道大会に出てると思う。明日には決勝トーナメントらしい」
「何で知ってるの?」
「商売人は情報が命だから」
ウサピーはグラス並々に注いだ純米大吟醸を一気に飲み干して言う。
アイリスの世話をしている間でも情報集めは欠かさなかった。
もちろん、遠く離れた国のことだ。
情報の鮮度は古く、実用性に欠ける情報なので、現場にいるトーカの役に立つ情報は入ってこない。
だから、結局はとりとめのない雑談に話は持っていく。
「ミツキはやりすぎだと思うのです。あそこまで押されたらあるじが引くのも当然なのです」
「ミスラのときもやりすぎだったにゃ。でもミスラはボスの心を射止めたにゃ」
「事情が違うでしょ。ミスラ代表を助けるには一緒にレベリングする必要があった。一緒にいた時間がミスラ代表に味方した。でも、ミツキの場合は町に住ませてあげた時点で助けたことになるから、一緒にいる必要はない。時間が味方させられない」
「だったらハスティアはどうにゃると思う?」
「ハスティアの場合、社長が国王になるために必要なコネクションを持っている。無下にできないけど、どうなるかな。まぁ、リーナのように無理やり押し付けられた方が社長もあきらめがつくはずなんだけど」
話の内容は主にトーカについてだった。
そして、トーカの話について進んだところで、ポチがため息をつく。
「あるじがいないと寂しいのです」
「ポチは本当にボスが大好きにゃ」
「ミケもそうなのですよ?」
ポチが純粋な目をミケに向ける。
「まぁ、オレっちたち神獣は主人に仕えるように生み出されているから、ボスのことを好きににゃるのは当然にゃ」
だからこそミケは割り切っていた。
自分とトーカとの関係は、主人と部下であり、それ以上の関係にはならないと。
本当ならカウンターの高さを考えると人型の方が仕事がしやすいのに猫型のまま仕事をしているのはそういう理由だ。
「それはキッカケに過ぎないのですよ?」
「ポチの言う通り。恋愛ゲームで例えるなら、ウサピーたちの好感度は確かに80スタートだけど、80固定ってわけじゃないからね。扱いが悪ければ減るし、扱いがよければ80を超える」
「ポチは蒼剣以外のゲームの話はよくわからないのです」
神獣たちには日本の知識は与えられているが、全員が同じ知識を与えられているわけではない。
ポチは恋愛ゲームについてはあまり知らないらしい。
「でも、わかったのです。ミケがいまあるじのことが好きなのは、ミケがあるじを好きのままでいるからなのですね?」
「そういうこと」
「……はぁ、にゃんで嫌いににゃらないかにゃ」
「そりゃ、あるじがポチたちのことが大好きだからなのです」
それを聞いて、ウサピーは思う。
トーカが自分たちのことを好きだというのは確かだ。
でも、その好きはアムやミスラに向けられる好きとは違う。
そして、自分たちの好きも、恋愛とは違う。
それでもいいとウサピーは思う。
トーカを支え、導くのがアイリス様によって生み出された神獣の役目だと思うから。
そしてポチは――
「ポチも一緒に行きたかったのです。あるじとずっと一緒にいたいのです」
ポチのその純粋な願いは、割り切ってしまったミケとウサピーにとってとても眩しいものだった。
「ポチ、お酒飲まないにゃ?」
「今夜はとことん付き合うよ」
「ポチは熱いお茶でいいのです。あるじがいつ帰ってきてもいいように、おうちの掃除をしておかないといけないのです」
ポチはそう言うと、熱いお茶を猫舌気味の小さな口ですすって飲んだ。
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