第279話 もう一度半殺しするのは回復魔法をかけたあとで

 俺は脇道で着ぐるみからいつもの姿に着替え、借りている家に向かう。

 その途中――


「トーカさんですよね!?」


 女の子に呼び止められた。

 素朴な感じの可愛らしい女の子だ。


「え? あぁ、はい」

「予選見ていました! 決勝頑張ってください! 応援しています!」

「ありがとうございます」

「握手してもらっていいですか?」

「あ、はい」


 初めてのことだけれども、言われた通り握手に応じる。

 女の子は俺に握手をしてもらって感激して涙まで流した。

 えぇ、俺ってこんなに人気になってるの?

 ミスラの奴はことある事に俺のこと顔が好みって言っていたけれど、もしかして俺ってこの世界ではモテ顔なのか?


「予選カッコよかったです! 兄貴って呼んでいいですか?」

「お兄ちゃん、頑張って!」

「儂の孫と結婚してくれんかのぉ」


 違った。

 老若男女問わず人気になっている。

 ここまで人気が出ると気持ちいいな。

 勇者認定されたトーラ王国でもここまで人気はなかった気がする。

 スクルド、一体どんな戦い方してるの?

 アリの代理人から貰った資料では、一撃で倒してるって書いてあるだけなのに。


 ファン対応をしながら、ある程度したら脇道に逸れ、建物の屋根の上にジャンプして移動した。

 やっていることはもう泥棒だな。


 そして俺は家に着いた。

 俺がファンに囲まれている間に、顔出ししていないアムたちは家に戻っていた。

 ただ、ミスラの様子がおかしい。


「ミスラ、服どうしたんだ?」


 彼女がいつも着ている服を洗濯していた。

 彼女は長時間旅に出るときは着替えを持ってでているが、洗濯をするのは朝だったはずだ。

 帰って直ぐに洗濯をしているとことを見たことがない。


「……ん、通りがかったら子どもに泥団子投げられた」

「いたずらか……ちゃんと怒ったのか?」

「……子どもはお父さんに言われてやっただけみたいだから善悪もわかってない」


 亜人差別がそこまで酷いとは。

 とりあえず、その父親を後遺症が残らない程度にいためつけて、回復魔法で治療してもう一回殴ってやろうか。


「アムは大丈夫だったのか?」

「私は石を投げられましたが避けました」

「石って、当たってたら怪我……はしないけれど痛……くもないけれど、許せねぇな」


 石を投げた奴はストーンバレット使ってやろうか。

 はらわたが煮えくり返るのをなんとか抑える。


「でも、いくら亜人差別が酷いからといって、この国の法律だと亜人の大半は奴隷って他人の所有物なんだから怪我させたらマズいんじゃないのか?」

「感情が勝るのでしょう。亜人であるアムやミスラが自分たちよりいい服を着ていたら、綺麗な髪をしていたら、いい装備を持っていたらと思う者は少なくありません」


 嫉妬か。

 つまらない。

 さっきまでファンに囲まれて、帝都の人っていい人多いなって思ってたけどやっぱり嫌いだ、この国。

 って、そうじゃなかった。

 その前に、アムに伝えないといけないことがあったんだ。


「ワグナーがこの大会に参加しているのですか」


 アムの確認の問いに、俺は頷いた。

 名前だけが同じということもないだろう。

 アリが集めた情報による外見の特徴は、俺の知っているワグナーのそれに一致している。

 ミスラも目を細め、警戒心をむき出しにする。


「ワグナー……例の魔物使いの盗賊ですか。メンフィスを操った張本人ですね」

「ああ」


 俺は頷いた。


「正直言って、以前出会ったときはワグナーの方が遥かに格上だった。だが、レベルを上げて強くなった。あいつがどういう目的でこの武道大会に参加しているのかはわからないが、戦うとなった以上、絶対に負けないつもりだ。でも、もしもアムたちが戦うことになったら棄権――」

「勝ちます」


 アムが言い切った。

 棄権してくれって言いたかったんだけど。


「ただ、勝負することになったら一人で出歩かないようにしてくれ。ワグナーの相手は全員不戦敗。消息不明になっている」

「ワグナーの仕業でしょうか?」

「そう考えるのが自然だろう」


 あいつの実力なら正々堂々戦っても負けることはないのに。

 一体何を考えているのだろうか。 


 しかし、霜月の件だけでも大変なのに、スクルドにワグナーか。

 アイリス様は一体何をしているのだろうか?

 とりあえず、今回の件、報告だけしておこう。

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